第五章、試練
一
蛇珀と離れ離れになって数日後、いろりは新しい制服に袖を通していた。
いろりは一つ大人になる。
今日は高校の入学式、そして同時に彼女の十六歳の誕生日であった。
目が見えるようになってから母が買ってくれた立派な姿見。おろしたてのセーラー服を着て映る自分を見て、いろりは蛇珀様に見てもらいたかったな、と心の中で呟いた。
「……ダメダメ、そんなことを言っていては! 蛇珀様はもっとお辛い思いをされているんだから!」
いろりは首を横に振って自身を奮い立たせると、しかと鏡を見据えて頷いた。
そして新しい学校指定の紺色の鞄を肩にかけると、学習机の上に置いた小さな白蛇の陶器に手を合わせた。
「蛇珀様、行ってまいります。今日もどうか、ご無事でありますように……」
蛇珀が苦行に出てすぐ、いろりは例の神社でこの白蛇の置物を買い、蛇珀の代わりに毎日無事を祈っていた。
いろりは近くの高校ではなく、少し離れた、電車通学になる高校を受験し、見事合格していた。
中学の際はいろいろあったため、心機一転、思い切って新しい場所でがんばろうと決めたのだ。
受験試験の時はまだ蛇珀と出会う前だったため、自身の今の状況など到底予測不能であったが。
見慣れない風景、初めての学校。
どんな人がいるんだろう? と緊張しつつ、いろりは広い高校の敷地内に足を踏み入れ、指定されたクラスに向かった。
一年A組、の札が上がったドアの前に立ち止まると、いろりは一度深呼吸をし、心の中で唱えるように言い聞かせた。
大丈夫、大丈夫。私には蛇珀様がついてる。蛇珀様……力を貸してください。
左手首につけた数珠、蛇珀が唯一残したそれに触れ、いろりは思いきってドアを横に引いた。
「あ、いろりちゃーん! おっはよーぅ!」
緊張でやや俯いていたいろりは、相当緊張感のない声を耳にし、ゆっくりと顔を上げた。
教室の窓側、一番隅になる席に何やら人だかりができている。
その中心となる席に座った人物に気がついた時、いろりの丸い目玉が落っこちそうになった。
「ひゃ…………百恋様――――!!??」
「いえ〜い、久しぶりだねぇいろりちゃん! 元気元気ーぃ?」
先ほどまでの緊張など吹き飛び、開いた口が塞がらないいろりだったが、百恋は右手でピースを作りながら陽気に近づいてくる。
この学校の制服であるブレザーを着用しているが、この紫水晶のような瞳と薄紅色の長い髪は、間違いなく以前仙界でいろりが出会った恋神であった。
「どっ、どうされたんですか、こんなところで……!?」
「百恋様、行かれては嫌ですぅ!」
「百恋様、こちらに来て一緒にお話ししましょうよ!」
超絶声のトーンを落として話すいろりだったが、百恋に連なるようについて来る女子生徒たちを見て言葉を切った。
「ごめんね、この子僕の知り合いなんだ」
「えっ、知り合い? まさか!?」
「百恋様、こ、恋人がいらっしゃるんですか!?」
「違う違う、僕は永遠にみんなの百恋君だから安心し、て、ね」
裏ピースを目に当ててそう言って見せる百恋に、女生徒たちの目は完全にハートと化している。
「この子は東城いろりちゃん。僕の大事なお友達だから、みんな仲良くしてあげてね!」
「か、かしこまりました、百恋様ぁ……!」
肩を優しく叩かれながら予想外の他者紹介をされてしまったいろりは、何がなんなのかわからず、目が回りそうだった。
「いろりちゃん、ちょっと後で、話そっか?」
百恋は混迷を極めているいろりに耳打ちをし、安心させるように柔らかく微笑んだ。
入学式が終わると、生徒たちは各々に帰路に向かう。
そんな中、百恋に誘われたいろりは学校の屋上へと足を運んだ。
授業がないため学校に残っているだけでもいけないのに、普段封鎖されている屋上にまで入ってしまうとは。
まさか入学初日にこんな不良のようなことをするとは思ってもみなかった真面目ないろりである。
しかし百恋は悪びれる様子もなく、誰もいない屋上のフェンス越しに腰を下ろすと、いろりに隣に座るように促した。
そして掌から、紅色の風呂敷に包まれた四角い何かを出す。
コンクリートの地面に置いた布の結びを解くと、中から現れたのは豪華な模様の入った重箱だった。
百恋が蓋を開いた中を覗くと、いろりは関心したような声を上げた。
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