「わ、わあぁ……! すごい、豪勢ですね!」

「でしょでしょ、僕お寿司大好きなんだ! 特にちらし寿司! 見た目も超可愛くない!?」

「本当、可愛いですね! あ、お寿司がお好きなら狐雲様と似ているのでしょうか?」

「狐雲様はいなり寿司しか食べないんだよねぇ、ていうか、油揚げが好きなんだよ、きつねうどんもきつねの部分しか食べないし! はいっ、これいろりちゃんの分ね。今日お昼ない日だから何も持って来てないでしょ?」

「あ、ありがとうございます」

 重箱の蓋裏に分けてもらったちらし寿司と割り箸を受け取るいろり。太陽の日差しを浴びて、イクラと桜でんぶが輝いていた。

「あの、これはどうやって手に入れられたんですか?」

「僕が作ったんだよ〜!」

「――ええっ!?」

「材料はお賽銭で買うんだよ。この国にはたっくさん縁結びの神社があるけど、あれぜぇんぶ僕の管轄だからさ、料理も境内にある施設でできるし!」

「た、確かに縁結びの神社は人気があると聞きますね……」

 参拝客が多いほど賽銭も増えるため、恐るべき裕福な神である。

「あの、百恋様は、どうしてここに?」

「いろりちゃんが心配で来ただけだよ。蛇の奴がいつ帰ってくるかわからないとか聞いて、寂しがってないか気になっちゃってさ」

「……百恋様はあの場にいらっしゃらなかったのに、どうして詳しくご存知なのですか?」

 いろりの質問に、百恋は鋭いな、と感じる。

「……いやぁ、狐雲様に聞いてね! 苦行の助言とかは禁止だけど、世間話くらいなら大丈夫だからさ!」

「そうなんですか。わざわざお気遣いいただいて……ありがとうございます。……あの、百恋様はこんな風にたくさんの人にお姿を見せて大丈夫なんですか?」

「大丈夫だよ! これは僕の能力だからさ。恋神だから人として恋の仲介をすることもあるからね。他の神は人じゃないってバレちゃうからこんなに堂々と人の輪に入れないけどね。特に蛇珀は神力も強いし、まともにデートもできなったでしょ?」

「そう、ですね。なので日中出かける時は蛇の姿になられて、私の鞄に入って一緒に出かけたりしました。後は夜更けに少し家を抜け出したり、日が高くても人がいない場所には連れ出してくださいました……」

 蛇珀との濃密な日々を思い出し、頬を染めながら語るいろり。

「……いろりちゃんってほーんと、としか頭にないんだねぇ」

「え!? あっ……………は、はい」

 控えめだが明確な返事をするいろりに、百恋は誘い水を出す。

「ねえねえ、いろりちゃん、今日誕生日でしょ?」

「え? どうして知って……」

「神様だからねぇ、いろりちゃんの基本情報はインプットされてます! せっかくのおめでたい日なんだし、よかったらこれからどこか行かない? ケーキも買ってあげるよ!」

 それを聞いたいろりは、喜ぶどころかとても物悲しい顔をした。

「あ……ごめんなさい、お祝い事は、その、蛇珀様と、初めてしたいと思っているので……」

 いろりの反応に百恋は一瞬真顔になったものの、すぐいつもの笑顔に戻って言った。

「そっかそっか、そうだよね! 今俺超デリカシーなかった! ごめんね!」

「い、いいえ、そんな! ……あ、そろそろ私帰りますね。今日は入学式なので母が休みを取ってくれて、一緒に料理をする約束なので」

「りょうかーい! またねいろりちゃん!」

「はい、ご馳走様でした。この御恩は必ずお返し……」

「拝まなくていいよ!? 礼儀正しすぎ!!」

 いろりは手を合わせ深々とお辞儀すると屋上を後にした。

「……なかなか手強そうだね。俄然、燃えてきたよ」

 いろりが出ていった扉を眺めながら、百恋は不敵な笑みを浮かべていた。

 そう。いろりの最も厳しい試練は、この恋神の誘惑に打ち勝つことであった――。


 いろりが高校生になってから三月みつき以上が過ぎ、季節は蝉の声飛び交う七月に突入した。

 夏休み目前。お昼休憩の教室では、仲良くなった女生徒たちと机を向かい合わせながらお弁当を食べるいろりがいた。

 百恋は早々に昼食を食べ終え、男子生徒たちと運動場でサッカーに勤しんでいた。

「あー、ほんとカッコイイわぁ、百恋様」

「あんな人が彼氏なんてマジ羨ましいよ、いろりぃ」

「だ、だからそういうんじゃないんだってば……」

 窓際から百恋を眺める友人に口々にそんなことを言われ、いろりは困ったように笑いながら否定した。

「好きな人がいるって言ってたもんね? でもいつ帰ってくるかわからない人なんでしょ?」

「だったら近くの百恋様と付き合っちゃえばいいのに! そんな放っておくような人捨てて、あたしなら絶対乗り換えちゃうな〜」

 二人の友人の何気ない言葉がいろりの胸に刺さる。自分のことなら悪く言われても我慢できるのだが、蛇珀を卑下するようなことは耐え難かった。

 無言で辛そうな顔をするいろりを見て、二人の友人は顔を見合わせて焦った。

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