「……あ、ああ、写ってます! 蛇珀様が写真に……!」

「どれどれ。……おお、本当だ、人間くせえ……って今は人間だったな」

 スマートフォンに撮れた画像を確認しながら喜ぶいろりを見ると、蛇珀も嬉しくなる。

「……いろり」

「はい! ――んっ……」

 同じ画面を見ていた蛇珀に名を呼ばれ元気よく振り向くと、不意に口づけされたいろりは驚きで一瞬固まった。

 唇が離れると、蛇珀は少し意地悪そうに八重歯を見せて笑った。

「本物がいるのに画面に夢中だったからついな」

 惚れ惚れする男ぶりにいろりは顔を真っ赤にし、頭から爆発音がした、気がした。

 百恋と違い、蛇珀はいかに自分が魅力的な容姿の持ち主か無自覚である。

「じゃ、蛇珀様が心臓に悪い……」

「なんだ? 病なら治してやれるぞ」

「このままでいいです……」

「しかし髪がうっとうしいな、いっそばっさり切るか」

「え…………?」

 いろりは世界の終わりのような顔つきで蛇珀を見た。

「人間なら汚れもつくだろうし、お前に触れる時まとわりついて煩わしいだろ」

「ダメです」

「え?」

「ぜっっったいダメです! 切らないでくださいそのままでいてくださいいい!!」

「お!? お、おお、まあいろりがいいならいいけどよ」

 煩わしいなどとんでもない。いろりは触れられる時、蛇珀の長く柔やかな髪が肌をくすぐる感覚とその時の優しい匂いが大好きだからだ。

「母ちゃんに会ったら、まずは願い聞きで出逢ったことから話して……」

「お待ちください蛇珀様。そこからすべてを話したらたぶん母の脳は混沌を極めますので、神様であることは伏せておきましょうか」

「おお! 確かにそうだな。俺は今人間なわけだし……人として、話す」

 愛する人、しかもこのような固い話が苦手そうな蛇珀が自分のために懸命に考えてくれているのが、いろりにはとても嬉しかった。

「蛇珀様らしく行けばいいと思いますよ」

「そうだな! よし行くか!!」

「はい。ですがさすがにこのスタイルで参っては母が卒倒しそうなので、とりあえず並んで行きましょうか!」

「わかった!」

 つい癖でお姫様抱っこして行く気満々だった蛇珀に、いろりの突っ込みも冴え渡る。

 鮮やかな橙色の日が街並みを染める頃、二人はいろりの家に辿り着いた。

「ただいまぁ……」

「おかえり、いろり。今日はどこに行って――」

 いろりが玄関をそっと開けると、リビングで夕食の支度をしていた母が廊下に顔を覗かせ、言葉を切った。

 理由はもちろん、愛娘とともに家に入って来た背の高い男性を見つけたからである。

 今まで恋の話一つしたことのない娘の唐突すぎる光景に、母はまさに鳩が豆鉄砲を食ったような顔でゆっくりと玄関に近づいて来た。

「あ……あのね、お母さ――」

 照れくさそうにいろりが言葉を始めるや否や、気づけば母は玄関先で音もなく美しい土下座をしていた。

「お母さん!?」

「お、俺は何もしてねえぞ!?」

「……あら、私何してるのかしら? なんだかその方のお顔を見たら無性にひれ伏したくなっちゃって……ごめんなさいね、よっこいしょ」

 いろりに似た小柄な身体を起こしながら、母のさゆりは困ったように笑った。 

「いろり、そちらの方は、もしかしてあなたの……?」

 立ち上がり真剣な面持ちで尋ねるさゆりに、蛇珀は一つ深呼吸をした。

ふう、大丈夫だ、落ち着いてる、よし、まずは名前を言って。

「いろりさんをください!!!!」

 …………リーン……。

 蛇珀と同じ早とちりの鈴虫が今年一番の音色を奏でた。

「……ふっ……」

 しばしの沈黙の後、堪えられなくなったいろりがついに吹き出した。

「ぷっ、ふ、ふふ、あははは……!」

「わ、笑うんじゃねえ、いろり!!」

「ご、ごめんなさい、おかしくて!」

 確かに蛇珀らしく行けばいいと言ったが、予想以上の焦り具合にいろりはなんだか蛇珀が可愛く見えて仕方がなかった。

 緊張のため何もかも順番をすっ飛ばしてしまった蛇珀は顔から火が出そうであった。

 しかしそんな二人の様子を見ていたさゆりは、口に手を添えて微笑んでいた。

「こんな場所で立ち話もなんだわ。どうぞ、入って。いろりが男の人を連れて来るなんて、最初で……最後、のようだから、ね?」

 さゆりの台詞に、今度は蛇珀といろりが驚きの表情をした。

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