五
さゆりに誘われ、リビングにあるダイニングテーブルに腰掛ける。
蛇珀の隣にいろり、そしていろりの前にエプロンを取り夕飯作りを中断したさゆりが腰を下ろした。
「あなた、なんだかとっても綺麗な目をしているのね。カラーコンタクト……? という感じではないわよね?」
「あ、え、えぇとこれは」
「う、生まれつき! 生まれつき珍しい色なんですよね!?」
「お、おお! あ、そうです!」
蛇珀に目配せしながら助け舟を出すいろり。年齢としてははるかに蛇珀の方が上なのだが、しっかりしたいろりの方が母親のようである。
「お名前は?」
「蛇珀だ、です!」
「珍しいお名前ね。苗字は?」
「苗字!? ……やべえ、考えてなかったぜ、もうお前と同じでいいんじゃねえ?」
「そ、そうですね、そうしましょう」
さゆりに聞こえないようにコソコソと打ち合わせする二人。
「いろりさんと同じ苗字で」
「――えっ!? 婿養子になってくれるの!? うちは一人娘だから嬉しいけど!」
「いろり! 婿養子ってなんだ!?」
「女性方の姓に入ることです、蛇珀様がいいならもうそういうことにしましょう」
「はい、大丈夫だ、です!」
今まで敬語というものを使ったことがないため、チグハグな言葉遣いをしながら答える蛇珀。
「あら、あなたの……蛇珀くんの家は大丈夫なの? 親御さんは?」
「親はいないです」
「えっ……?」
正しくは人間の親はいない、だが。
これを聞いたさゆりは見当違いな想像をし、切ない顔つきをした。
「……そう。いろいろ苦労したでしょうね。歳はいくつかしら? いろりより少し上?」
「さんびゃ――あ、いや、さん、に、いち」
「じゅっ、十八歳ですよ! ね!?」
「です!!」
とりあえずこの国で男性が婚姻できる年齢を急ぎ伝えるいろりと、それに乗る蛇珀。
「あらまあ、若いっていいわねぇ。じゃあまだ高校生? か、大学生かしら?」
「いや、神主をしてるです」
「神主!? もう働いているのね、若いのに関心だわあ。どちらの神社で?」
「近くにある狐神社で」
「……あら? あそこの神主さんはもっと歳がいっていたよう、な……」
話しながら、不意にぼんやり遠くを眺めるさゆり。
以前あったその記憶は、神々の力により塗り替えられる。
「そ、そうね! あの神社の神主さんは見たことがなかったわ、あなたがしていたなんて。私もよく参拝に行っていたのよ」
「え、お母さんが?」
「ええ、仕事帰りにね、いろりが生まれてからほとんど毎日よ。あなたの……目がよくなるようにと、いい人に出逢えますように、ってね、ふふ」
「……そうだったんだ。知らなかった」
「でも、まさか本当にこんなことが起きるなんて、ご利益があったのかしらねぇ」
普通ならどこで知り合ったのか、本当にうちの娘を幸せにできるのか、などまだまだ質問が有るだろうが、さゆりは問い正すようなことはしなかった。
「二人の結婚を認めます」
さゆりは二人に天真爛漫な笑みを向けながら、当然のようにそう言った。
あまりの快諾に蛇珀といろりは口を開け顔を見合わせた。
「ほ、本当に、いいの?」
「だって、蛇珀君といるあなた、とっても楽しそうなんだもの。早い結婚はよくないと言う人もいるけれど、私は年齢は関係ないと思うわ。運命の人に出逢った、その時がタイミングだと思うもの」
そして穏やかな笑みの後、さゆりは少しだけ神妙な面持ちを蛇珀に向けた。
「蛇珀君、一つだけお願いしたいの。いろりはね、ついこの間まで目が見えなかったわ。だから、これからは今までできなかったことをさせてあげたいの。私が言うのもなんだけど、いろりは頭もいいから大学にだって行かせてあげたいし、やりたい仕事があるならそれに就いてもらいたい。お嫁さんとしてだけじゃなく、一人の人間として、いろりの人格を尊重してあげてほしいわ」
「お母さん……」
それは大切に育てて来た娘が幸せになるための母の願いだった。
蛇珀はそれをしかと聞き届けた。
「……はい。俺も、いろりには自由に好きなことをしてほしいと思ってます」
「蛇珀様……」
「いろり? あなた自分の恋人を様付けで呼んでるの?」
「え!? あ、ああ、う、うん、なんとなく、癖で……」
冷静に考えてみればおかしなプレイのように感じるが、さゆりは深く考えない性格なのでそれ以上追及はしなかった。
「そう? まあいいわ。それよりも式の日取りはいつにしましょうか?」
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