四
予想外の言葉に、いろりは思わず泣き止んだ。
「で、でも私は、先ほど神様にもう一度出てきてほしいと願ってしまいましたが」
「他界への願いは数に入らねえ。だから神になりたいとか、世界征服がしたいとかいう
その話を聞いたいろりは、ある決心をした。
「……じゃあ、私……一生願いを言いません」
「……はあ? 何言ってるんだよ、願いを言わねえなら俺が帰れねえだろ」
「だからです」
正座して両掌を握りしめたいろりは、固い意志を持って上目遣いに蛇珀を見つめていた。
その瞳はやや潤み、頬は熱を帯びていた。
「蛇珀様とずっと一緒にいたいです……」
対峙していた蛇珀は、一瞬時が止まったのではないかと思った。
心の臓を矢で射られたような、あまりに強い衝撃の後、やってくる激しい動悸。身体の芯から湧き上がる熱は、やがて蛇珀の顔を朱に染め上げた。
「蛇神様!? ど、どうされましたか、お顔が真っ赤に……風邪でも召されたのでは、あ、神様は病にはかからないでしょうか」
「どうしたかって……俺が一番聞きてえよ、なんなんだよこれは、意味わかんねえ……」
心配気に顔を覗き込んでくるいろりを眼前にした蛇珀は、たまらず小さく華奢な彼女を抱きしめた。
瞬間、いろりは身体を固くしたが、それは嫌悪からではない。緊張と恥じらいである。
蛇珀は自身に何が起きているかまだわからなかった。しかし、この少女といればきっとすぐに答えが出る。そんな気がした。
「蛇神じゃねえ、ちゃんと、さっきみたいに名で呼べ」
「……じゃ、はく、さま?」
「わかればいい。……消えろって言ったってずっと居座ってやるからな」
「そんなこと、絶対に言いません。どうか一生お側に置いてください……蛇珀様」
腕の中で安心して身を任せるいろりの温もりを感じながら、蛇珀はこの無欲な少女を守りたいと思った。
上流神になる第一条件。それは恋を知ること。
誰かを愛する喜びと悲しみは、人だけでなく神をも成長させるのである。
これは人間嫌いであった蛇神が、一人の少女に恋をし、上流神となるまでの物語――。
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