「そうなんですか……! では、その神様に聞けば、何かわかるんでしょうか?」

 蛇珀は首を横に振った。

「そいつはもういねえ」

「……いない?」

「露になり消えたらしい」

 いろりの脳裏に蘇る。

『――露の如く消えるだけじゃ!』

 あの時の、鷹海の台詞。

「……露となり消えるというのは、神様の死を、意味しているんです、よね……?」

「俺たちはみんな、仙界に一本だけある大樹の葉から流れ落ちる露から生まれるんだ。だから露になるっていうのは、生まれる前に帰るってことで……まあ平たく言やあ死ぬ、ってことだな」

 その神秘的な生の受け方からして、やはり神と人との違いは明白なのである。

 人が命尽きることを土に帰ると表現するように、神の死は露と消えると謳われているのだった。

「神様は、永遠に生き続けられるとばかり思っていました」

 例え願い聞きをしなくとも、何か特別な加護で守られていると、漠然と考えていたいろりは自身の甘さを諌めた。

「神が消えるには三つ理由がある。一つは願い聞きを怠って寿命が尽きる。二つは神の領域を侵す。三つは、自分よりも優秀な後継が生まれる」

「こう、けい……?」

「自分が司る域の新しい神のことだ。つまり俺は地を司る神だから、俺より優秀な地の神が生まれたら、って話だ。人間でいう世代交代みたいなもんだろ」

「そう……なんですか」

 ただでさえ小さな身体を丸め縮こめるいろりの肩を、蛇珀は優しく抱き寄せた。

「安心しろ。俺より優秀な神なんか生まれるわけねえからな」

 甘やかすような柔らかな声。

 無駄のない逞しい胸板に頬を寄せながら聞いた心音は、確かに人のそれと変わりないと感じられるのに。

 なぜ蛇珀は神で、自身は無力なただの人なのだろう、と……いろりは思わずにはいられなかった。

「拳豪は二つ目の理由で消えたに違いねえ」

「結ばれなかった……ということですよね?」

「だろうな。何かやっちゃいけねえことをやったんだ。……だが狐雲の奴は生きてる。こいつらの違いが何かわかんねえが、必ずうまくいく方法があるはずだ」

 蛇珀は必死にいろりと結ばれる方法を模索していた。

 その姿にいろりが心打たれぬはずがない。

「狐雲様に、聞いてみませんか? 何も、答えてはくださらないかもしれませんが……」

「ああ。俺もそう思ってた。自分より上の神の心は読めねえから聞くしかねえ。あいつに頼るのは癪に障るが、そんなこと言ってる場合じゃねえ。できることはなんでもやってやる」

 蛇珀はついに逃げることをやめた。

 いつまでもいろりとの甘い日々に浸っていたかったが、その場凌ぎではダメなのだと気がついた。

 先を見据え、末永く連れ添うために現実を受け入れること。

 そのためにはどんな困難にも打ち勝つという気概が、この神にはあった。

「あの……私もご一緒しても、よろしいのでしょうか?」

「当たり前だろ。この蛇珀様の妻になる女なんだからな」

 に、と得意気に口角を上げる、自信家の蛇珀らしい笑み。

 二人は向き合い、互いを見つめ合っていた。

「蛇珀様……好きです。大好きです」

 身長差から自然と上目遣いになるいろり。

 そんな熱を込めた瞳に自らを映された蛇珀は、まるで心臓を鷲掴みにされたかのように身動きが取れなくなる。

 いろりから目が離せない。

 その優しくも意思の強い瞳に、吸い込まれてしまいたいとさえ望む。

 それと同時に恐怖を感じる。

 自身に対する罰が恐ろしいのではない。

 自らの選択の過ちで、いろりに二度と逢えなくなるのが恐ろしいのだ。

 いろりを愛すれば愛するほど、蛇珀の葛藤は膨れ上がる。

俺は、試されているのか……?

 何をすれば、露となるか定かでない。

 神としての立場を考えれば、理性を厳守するが吉か。

 しかし自身を求めるかのように視線を絡ませるいろりを前にしては、蛇珀の理性は舌の上の砂糖菓子のように甘くとろけていく。

どうすりゃいい? 何が正解なんだ? わかんねえ。わかんねえ、が。――欲しい。欲しい欲しい欲しい欲しい、いろりが欲しくてたまらねえ……!!

 その唇に一度ひとたび触れてしまえば、きっと後戻りできない。

 それでも――。

「……蛇珀様の、お好きになさってください」

 蛇珀の熱を帯びる視線にいろりも耐えきれなくなり、無意識に誘う言葉を零した。

 いろりは目を閉じ、蛇珀はその細い腰と背を支えながら、身体を屈め、顔を近づけた。

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