第42話 エーテル結晶

ㅤ翌日部室へ行くと、額にゴーグルを載っけてノートパソコンとにらめっこしている天知部長である。

ㅤそれとあんずが部室へついてきた。


「こんにちは」「やぁ飴川くん、その子は?」

「初めまして、雫くんの彼女の浅木あんずです。

ㅤ雫くんがどんなところでお世話になってるか見に来ちゃいました」

「あぁ、そう……雫くん、今日は許すけど次回からはそういうのなしにしたまえ、独り身の肩身の狭いのはうちにだって多いんだ」

「すいません、今日だけはどうしてもと言われてしまって」

「彼女さん……いるのは構わないけれど、興奮して騒ぐとかの邪魔はしないでくれたまえ」

「勿論です!」


ㅤなんだかんだ部長は大人の対応をしていると思うが、なにやらショックを受けているようだ。

ㅤあんずのマウントが効いたということらしい、昨日あれだけ自分を褒めちぎっていたやつがナンパ男だったわけだから、そうなるのは自然かもしれない。


「俺、この先やってけんのかな?」

「もう先の心配?」

「とにかくあんず、少し静かにしててくれ。

ㅤ俺も挨拶から始めなきゃならないところだから」


ㅤ彼は一歩前へ出て、残る部員ら一堂へ頭を下げる。


「はじめまして、今日からお世話になります、飴川雫です。

ㅤよろしくお願いします」


ㅤ……特に反応はなく、一旦手の止まっていたみなは部屋での作業へ戻った。

(最初はこんなものなんだろうか、忙しいのかな)

ㅤこれからエーテル結晶の生成と解析をするうえで、部内で使える備品が重要となる。

ㅤ部長にもその辺り、昨日のうちから少しは話していたのだが。

ㅤ部長、ちょうど戻ってきた。


「飴川くん、ちょっと」「はい」

「見ての通り、毎日のように実験や検証をやってる屋内組がいるんだ。

ㅤそういうものって過程に膨大な時間がかかるから、ほかのことに気を回す余裕が無いのよね。

ㅤ彼らには個別の具体的な研究テーマがある……ここへ顔を出した以上、飴川くんにもあるということでしょう」

「これを」


ㅤ雫は新たに生成した緑のドロップを差し出す。


「エーテル結晶?

ㅤこれほど高密度に生成されるだなんて、人間技じゃないわね」

「……とかく、俺の研究テーマはこれです。学生自治会を仲介して市場取引へ持っていきたいんですが、そのためにはこれの性質を客観的に確かめなくてはならない」

「使うとどういう効能が得られるの」

「使い切りで使用回数が少ないんですが、人体の傷がある場合、体組織を接合する程度の効力は間違いなく」


ㅤそれを聞くと部長は神妙な顔になる。


「使い切りはわかるけど、過去に何度もやってるような口ぶりね。

ㅤエーテル結晶の生成には特殊な条件が重なるのよ、だからこそ稀少とされるのに」

「俺にはそれを量産する目処があります」

「量産!?」

「もっとも両手で数える程度が関の山ですが」

「正気とは思えないわね、ま、ひとりで勝手に研究しているぶんには好きにすればいいけれど。

ㅤ本格的にやるならまずは消耗する備品を揃えるところから計画的にやらないと」

「あぁそうか、備品にも金がかかりますよね」

「私はそちらの業界に明るくないから確かなことは言えないし、それの将来性や実現可能性を考えると、部室のおままごとで済ますような内容でもないんでしょ。

ㅤ本格的にやる気なら、こいつは学内より研究機関に持ち込んで活用の道筋を探ることになる」

「……それほどですか」

「あなたが本当にこれと同じものを量産できるというならね。

ㅤ待ってて、分野が被る子がその辺にいるはずだから」


ㅤエーテル結晶としての滴の活用に、小なりの展望が開けてきた。

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