第52話 出来の悪い子

ㅤ葡萄が恐怖する根源が彼女にあるのは間違いないが、神秘種と人のなまなりを容赦なく駆逐できるあの鉄面皮が、震えて一歩も動けなくなるほどだと?

(いったいこの女、坪内になにをしたって――)

ㅤ怖い目に遭った自覚にかけている、そう語ったあんずの言葉を思い出す。

ㅤいざとなったら一番アレ、今がその時だと?

(顕現させたといっていたが、召喚か転移か、いずれにせよ冥府の番犬も人の理の範疇を超えたモノってか)

ㅤその飼い主に、警戒しない理由が今ない。


「神秘種を追うもの?

ㅤそれがなんで番犬を使って、この子を襲うんだ」

「襲うも何も、多少の痛い目にはあってもらわないと、昔から言うこと聞いてくれないし」

「!」


(これが初めてじゃない、ってとこか)

ㅤやっていることがカタギのそれではない。


「……もし彼女と俺が今日、別行動をとっていたなら?」

「彼女が一人ならきみの人質に、きみが一人なら生ける標本として手に入れるまでだ、妖精のなまなりくん」

「そんなことのために」

「きみみたいな存在がいるからいけない、するとその子もきみに狂わされたのかね」


ㅤ神秘種のエーテルは人を狂わせる、そう言えばそんなことをいつぞ言われたな。

ㅤだからといって、


「そういう他責思考、つくづくうざったらしいな。

『自分がそうしたいから、いまのお前に責任と非があることにする』、……ふざけるなよ」

「当たり前でしょう?ㅤ邪魔をしないで、さっさと大人しく私のモノになりなさい」


ㅤ踊り場で俺を見下したときの葡萄の姿に、今のあの女が重なって見える。

ㅤけれど当の葡萄が、この体たらく。


「いつもの私はなんでも一人でできますって尊大な顔と自信はいったいどこへ置いてきたよ」

「……自信なんて、ない」「――」


ㅤ今更ひとに見せる弱みがあるのかよ。

ㅤ向こうの女はすでに葡萄を加虐することに関心はないらしい。


「下がってろ、あいつの狙いは俺みたいだし」


ㅤ雫は彼女に背中を向ける。


「無理よ。あなたではあの女には勝てない」

「関係ないな、ひとを標本にすると言ってるんだぞ向こうは。このまま引き下がるわけにいかない」

「だったらなおのこと、逃げて」

「――、主義に反する」「なんの?」


ㅤ黄精だか誰だか知らないが、あの女に対して生理的に受け付けないレベルの苛立ちをただいま覚えるのはなぜなのか。


「間抜けなことを言うねぇ、エーテル・オルゴン程度では破れないと知っているだろうに、何度折檻されても懲りないか、本当に

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