第53話 なまなり
ㅤ……ひどく虫唾が走るのだ。
「出来の悪い、坪内が?ㅤ馬鹿を言え、なんの根拠があって」
「あの坪内教授の娘が、父と同じ道を歩もうと?
ㅤあなたと同じ歳の頃には、いっぱしの研究者として大成していた男よ。父のようになりたいとは幼いその子の常々の口癖だったけれど」
「やめて――あの人の話は……!」
ㅤいよいよ葡萄が頭を抱え始める。
「いよいよ現実逃避かァ、少年の前で流石にみっともないとは思わないんかねぇ」
「あんた、下品だな」
「あれ、私が怒られる流れ?
ㅤでも調べたかぎり、きみはその子に殺されかけてるだろう、いい気味と想うのが自然じゃないのか。
ㅤあるいはきみの妖精としての感性が」
「逆だろう?
ㅤ人間だから不条理にケチつける、状況の変化に口うるさい、ほかの神秘種がどうかは知らないが、彼らはもっと諦めが良すぎるくらいだろう。だからしぶとく足掻いた人間の手に、文明なんてものがある」
「――妖精ごときが、人間を説くなよ」
ㅤそれまで葡萄をおちょくっていたのが打って変わり、向こうの声色はやたら冷淡である。
「如何せん『なまなり』なものでな。黙らせたければ、力づくでくればいい」
ㅤ向こうはというと――
「神秘種と人間の混血、そう珍しいことではないけれど、母の胎内から生まれたわけでもないきみのようなものを、妖精に果たして人としての権利など認められたものかね。
ㅤ因子があったところできみのようなのは所詮、ひとに擬態しただけの半端ものじゃないの」
ㅤ結界を打破できる、そういう滴を構築する。
(こんな場所でケルベロスを扱うほど、向こうに抜かりがないなら、この事態を収拾できる算段があるはずだ、よく考えろ、なにか手はあるはず)
ㅤ坪内邸で結界を使わなかったのは、俺を誘い込み実力のほどを見るためないし、結界を必要としなかった。
「
ㅤ雫はいよいよナックル銃を顕現させ、結界の端へ放つ。
ㅤ結界にマテリアルが当たるが、霧散する。
「よく育てたものじゃないか、これまでなにを喰らってきた?」
「――」
「妖精と人間のなまなりは大抵が身体機能に不具を抱えて生まれる。
ㅤただ普通の生活を行うだけでは、その機能が回復することはない……動体視力が行き着かないその目か?
ㅤ妖精が生命のエーテルを都市部で集めるのは難しいはずだ、虫や小動物で事足りるのか」
「――」
「あるいは人を?
ㅤ混血にはよくあった話だが、そういう奴らはシリアルキラー化するからな。不味いといいながら人の血肉には中毒性があるそうな」
「初めて知ったよ。
ㅤ……ならあんた、餌食になりにきたわけ?」
ㅤ結界の外側の状況はわからない、だが気づかれたなら騒ぎになっているはず。
(結界の効果は外界との遮断のみに限らないとしたら、)
「認識阻害か、どうやった!?」
「僅かな手掛かりでそこまで行き着くのね、だが遅い」
ㅤ突如、世界が暗転した。
ㅤ結界に閉じ込められた時点で俺たちは負けていたということだろう。
ㅤ外界には内部の出来事が露見せず、内部では獲物の五感を奪い取る。
「視界、聴覚、嗅覚、触覚――すべてを欺瞞した。坪内嬢を傷つけたくなければ、大人しく従いたまえ」
「人質とは恐れ入る」
ㅤ認識阻害には感覚遮断と一方的な指向性制御も含まれているのだろう。
ㅤその間に向こうは彼女を引き離し、その身柄を確保した。
(それができるなら、なぜ俺自身を押さえない?)
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