第23話 運とは

ㅤ雫は出された焼き鯖定食を遠慮なく頂いている。


「肉の定食もあるだろう。魚で良かったのかい」

「身体つくる栄養になるなら、どちらでも構いませんよ」

「あるいは人の肉でも?」「――」


ㅤ彼の箸を静かに置いた。


「いい趣味ではありませんね。……それを認めたらどうなるんでしょう?」

「証拠はないからな、ただ我々がきみを警戒する要素がひとつ増えるだけだ」

「好きこのんでそんなものを喰らうやつはいないと想いますよ、それじゃまるで吸血鬼だ」

「きみはきみの起源を知っているのかい」「起源、ですか」

「妖精とはひと言に語ったところで伝承は多様だ、我々はきみに何ができて何ができないのか、確かめたいのだよ」

「神秘種の混血を、野放しにするんですか」

「あぁ色々あってね、いまの君は殺せないんだ。

ㅤ具体的には坪内葡萄、彼女になにかしただろ?

ㅤきみが彼女を『殺さなかった』結果、きみには新たな選択肢が生まれた」


(そうでなければ死んでいた、と)


「正直例の三人の件は警察も我々もお手上げでね、なんせきみの『煤』は彼らの髪の毛一本遺さなかったし、現場の目撃者は坪内さんくらいだろう。どのみち社会の屑のような連中だ、死んで当然とまで云わんが、彼らが消えたままでいることで、胸を撫で下ろす輩のが多いまである。

ㅤきみを首の皮一枚繋げているのは、ただの運だ。

ㅤ善行でも一抹の良心でもない、きみの行為ではなく、起きた現象にこそ関心があるのが我々だよ」

「――、今俺がこうしているのは、偶然ってことですか」

「運も重なれば必然となる。きみが無事生き残るには、あらゆる機会を無駄にしないことだな」


*


「運、かぁ」


ㅤそれも悪運のほうの運だろう。

ㅤ会長は坪内を俺が殺さなかったことで新しい選択が生まれたと言っている。

(おそらくは妖精の体質から出る、独自のエーテル運用法。学生自治会の益になるかぎり、俺は彼らに襲われないわけだが……守ってもらえるわけでもないんだよな、彼らは既に俺を人間と見ていない。

ㅤ坪内のやつと同様、俺を検体や標本としか最初から見なしていないんだろう――乙倉くんも、俺が妖精との混ざりものだと知ったら、態度が変わるだろうな。それだけ神秘種ってのは、人の摂理や常識から外れている)


「学校追い出されたらどうしようかな、野垂れ死ぬ未来しか見えないけど。

ㅤ学生会相手にことを構えるには、俺の手札は少なすぎる、それに」


(向こうは俺自身より、俺の正体を知っている節さえある)

ㅤごろつきを殺した件はどうやら死体さえ出なければ不問ということらしいし、しばらくは勉学に励むとしよう。

ㅤところで落ち着いてくると、坪内のことがまた気になっている。


「父親のこと、神秘種に拘る理由、なんとなくわからないではないけど……あいつにとっての俺なんて、人間でもなければ、対等な存在でさえないってことか」


ㅤあいつに俺を認めさせたいとか、そんな回りくどい労力を割こう意欲はない。

ㅤただ気がかりというか。

ドロップの効能が働いていなければ、俺は二度とあの子を信用しないんだろう――今の関係だってどれだけ軽薄で空虚か、俺自身わかっていなきゃならない。滴がなければ、あの子は俺のところには既にいないんだ)


「坪内と俺と、見下しているのはお互い様か」

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