第24話 水と煤

ㅤ部屋に戻ってから、従来三種に加えて、黄、オレンジのドロップを新たに生成した。


「今度は完全にランダムだけど、色が変わっただけで性質は差別化できるのか?

ㅤそも同じ色で同じ性質だと考えるのは今後危ういかもな、緑とかは自分でも使うから、再現性が安定してくれたほうがいいし――と」


ㅤ次に赤いものを構成しようとしたとき、それが欠けて霧散する。


「失敗か、異変はないようだが」


ㅤ滴を砕いて使うようになっているからして、生成途上の効果不明瞭なものまで粗雑に扱うべきではないな。小さい欠片のうちだったけれど、疲弊を覚えてきたし、そろそろ休憩にしよう。

ㅤこういうとき、坪内からもらったアイマスクが沁みる。

ㅤそれまで黒が黒であることを不思議に思ったことはない。

ㅤ闇の色を黒と最初に書いて読み始めた人間を、不思議に想ったり。


「……聞いたところには、妖精にも種類や属性があるらしいけど」


(『水』と『煤』てことは、有機物や生命のそれに極めて近しい性質かもしれない。

ㅤ煤と見せかけて塵だとか、解釈を加えて能力に多様性を持たせられないか?)

ㅤ生物を構成する要件に、有機物と水は欠かせないだろう。

ㅤ学生会が教えてくれたことで、ワザ磨きの方針も固まってきた。


「煤だか炭だか灰だか知らんが、酸化しているってことは実質燃焼状態でエネルギーを消費しているんだろう。

ㅤその状態で人間を喰らったというなら、その意味をもう少し突き詰めたい。

ㅤそうだな、酸化前の何かに還元できないか?

ㅤ物質を再構成して、タンパク質や脂質、炭水化物、生物を構成する単位のもっとも初歩的な状態へ。

ㅤひとまず大目標をそことして、できないならまたほかの目標を探したほうがいいかもしれないけど。

ㅤまずは――『水』と『煤を初めとした不純物』を、意図的に分離して構成してみよう、超純水は電荷を持たないから電気を通さないって話だし、もし上手くいけば転用の目処も立つ。

ㅤ……妖精の能力はそういうことにして、フィジカル面をどう鍛えるかな。こんなすぐにへばっていたら、正直研究どころじゃないし」


ㅤ不思議と焦りはない。今までいつ死んでもおかしくない状況にあったから、感覚が麻痺しているだけかもしれないが、学生自治会の針の筵に踊っている現状を打開するだけの力など俺にはないのだ。


「とかく今後、学生自治会の目につく殺しと捕食はできないわけか。

ㅤまぁ割に合わないから、しばらくやるつもりはないけど……どうにもうまく調整がきかないんだよな、この身体、運動量を徐々に増やして馴らしていくしかない」


ㅤそれでも失明時点より、確実に運動性能は上がっているはずだ。このまま人の捕食を繰り返せば、あるいはそれだけ肉体面も強化されるかもしれないが、三人喰ったら充分と留めるべきだろう。

ㅤすると実験のため、場所が必要になる。


「高度な検証に至ると、寮でやるわけにもいかないし。

ㅤそもそもドロップを人間以外に使えるタイミングがないのが悩みどころというか。

ㅤ作ってみたものの、坪内以外の誰かにやるのは気が引ける」


ㅤ坪内には既に使用してしまったあとなのだし、殺されかけた手前もある、アイマスクくれなければ使わない理由がないまであった。悪運が強いのは、存外あの女まであるかもしれない。


「適用できる対象をどこまで拡大できるか、虫とか物体とか空間とか――いくらか試していくとして。

ドロップ自体は俺のエーテルないしエーテル・オルゴン制御からまろびでているのは、どうやら間違いない。

ㅤ魂魄鎧について、知覚以上の拡張は学ぶだけは学んでおいては諦めてたけど、生命の危機に即して――人を喰らってようやくのかろうじて、俺は自分で生きるための足掛かりを手に入れたわけか」


ㅤ会長の言っていた『運』という言葉は、頻繁に彼の頭の中をちらついている。

ㅤ実際そうでもなければ、自分や坪内がこのような状況に至ることはなかったのだろうから、悩ましいかぎりだ。


「……なんで、今更なんだよ」


ㅤ弱者のくせに、弱者として本当ならあの場で死んでいるはずだった。

ㅤただ妖精の血肉を得ていたことで、生き永らえてしまった。

ㅤもっと早く、この力が欲しい場面などいくらでもあったというのに。

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