第25話 女子寮の隣人

ㅤ――俺はお前を殺したいよ。

ㅤ河川敷でそう言った彼の顔は酷薄で、その起源が人外のそれであることを疑わせない。

ㅤ私はあれほど毅然と己の道を歩めるだろうか?

ㅤ……いいや、ない。

(飴川は妖精として確立しつつある、それに較べて私は何者でもない)

ㅤあのとき仕留めておくべきだったのに、それができなかったことにほっとしている自分がいる。

(目的を考えれば、どちらに転んでも構わないけれど、学生自治会はダメだ。

ㅤあいつらに手柄を抜かれるのは、)


「手柄抜かれると、なんでいけないんだっけ」


ㅤ強いて言えば、プライドが許さないだけだ。

ㅤ独力で手柄を立てたい葡萄の功名心は、父の功績を認めるどころか排斥した世間を見返したい――そのくせ父の仕事を本気で信じきっていない、なまなりな自己嫌悪を拗らせて、ややこしいことになっている。


「あぁ、くそ」「煮詰まってるねぇ葡萄っち」


ㅤ女子寮の隣室、浅木あんずがやってきた。


「あんず、なんか用?」「冷蔵庫漁りにきた」

「おい。ほかのものはいいけどマンゴープリンには手を出すな」

「ほかのものって麦茶の作り置きしかないじゃないですか」


ㅤあんずは諦めて、部屋備え付けの小型冷蔵庫を閉じると葡萄の方へ向き直る。


「最近誰だっけ、飴川くんと仲がいいみたいじゃん」

「ご冗談を……いや誰だよその巫山戯た噂流してんの」

「いや、クラスのみんな知ってるからね」

「あんなもやしと仲がいいと想われるとか、世も末だな」

「でも努力家ってかがんばり屋さんじゃん?

ㅤそういうところ、可愛くてほっとけないって子はいるし、最近急に身嗜み気を使うようになってて、以前とは別人みたいにセンス良くて――葡萄っちがいいなら、私が狙っちゃおうかな」

「男の趣味悪くないか、それにあいつだけはマジでやめとけって」

「どうして?」


ㅤ葡萄は一瞬躊躇ったが、隣人に対する誠意が妖精少年に対するそれをすぐ上回る。


「神秘種との混血だったんだよ。学生自治会もそれを把握している」

神秘種しんぴしゅって、オカルティックビーストの?」

「妖精のエーテルで人を惑わす力があって、学生会と私の監視対象。関わるとろくなことにならないよ」

「そっか……神秘種……」


(神秘種差別とかするような子ではないだろうけど、これを機に敬遠してくれたほうがこちらとしてもやり易い)


「そりゃ葡萄っちの立場からしたら、飴川くんに寄る悪い虫は少ないほうがいいんだろうけど。

ㅤそれって私が諦める理由にはならないよね」

「え」

「決めた、明日話してみる」

「いや神秘種ってのは」

「みんなには秘密、でしょ?

ㅤそりゃ打ち明けたのが私じゃなかったら、きっと誰かしら死んでるよ。

ㅤ葡萄っちはもっと危機管理意識持ったほうがいいと思う」

「――」


ㅤ隣人は葡萄の予想に反して辛辣だった。

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