第47話 退避
ㅤ金華はあたりの警戒を続けている。
ㅤ割れた窓枠を外し、書斎から葡萄が出てきた。
「坪内、無事か!?」「大袈裟ね、騒ぐほどじゃないっての」
「怪我してるじゃん!」「ガラスで切っただけだって」
ㅤ雫とあんずが言い寄るも、葡萄は気怠げである。
ㅤ雫は嘆息する。
「助けがいがなくなることをあまり言わないもんだよ。
ㅤ……さっきのケルベロス、心当たりは?」
ㅤ彼女は首を横に振る。金華が言った。
「三人とも、寮へ戻りましょう。人気のないこの郊外よりは、マシなはず」
ㅤ全員その提案に異論はない。
*
ㅤ雫たちは女子寮のラウンジにいた。
「ぞっとしないわね、さっきの。
ㅤ黒い
ㅤ雫は頷く。
「……おそらくは」
「獣を丸呑みして跡形もなく消し去れるとは――それは飴川くん自身の肉体へ還元されるのよね。
ㅤ体調に変化はない?」
「えぇ、今のところは大丈夫です」
ㅤ金華は彼の両頬を手で挟んだ。
「確かに顔色は悪くなさそうね」
「部長さん?」
ㅤそれを見たあんずの声色は硬い。
ㅤ少し離れたベンチで、葡萄がぐったりしていた。
(心当たりと言われても、狙われたのが場所なのか、私個人かだってわかってないのに)
ㅤやがて雫がやってきて語る。
「敵は俺たちが帰ったタイミングで現れた。
ㅤ狙いはきみだろう、ただ問題は――なぜあのタイミングなのか、だ」
ㅤ葡萄も頷く。
「私が一人のタイミングを狙うなら、あなたたちが来る前にだってできたはずか」
「あるいは発覚をなるべく遅らせたかったんだろうな、あのケルベロスの主がいるなら。
ㅤあれは十中八九、人為的なものだと想う。きみの行動、予定を把握できた誰か」
「概ね同意しますよご主人、いたいけな私を庇ってくれたのは感謝してますけどね」
「ならもうちょっと、嫌味ったらしくない言葉で頼む」
ㅤそんなことでいちいち怒らないけど、彼女を相手にしていると、いつも助けがいがない。
「その理屈で行くと、俺やあんず、天知部長も容疑がかかってくるわけだが」
「怖いことおっしゃる。学生の仕業とは限りませんよ。
ㅤ言われてひとつ、思い出したことがあります」
「聞こう」
「父が死んだばかりの頃、頻繁に訪れた元同僚のひとがいたんですけどね」
「門前払いしたり?」
「よくわかりましたね」
「その口振りからするに、冤罪吹っかけた張本人かバッシングの片棒担いだという文脈ぐらいは読んだが」
「……そのひと、神秘種の蒐集にも凝ってる人で。
ㅤかといって目立ちたくない、事件を露見させたくない人間が、そんな悪目立ちのするものを扱うのかという疑義があって」
「なるほどな。動機は?」
「それこそやった本人に聞いてください、私は疲れました」
「おう」
ㅤ実際それ以上のことを、雫のほうも質すつもりのない。
ㅤ男子寮の自身の部屋へ戻ってなお、彼は今日の出来事を眠るまでずっと考えていた。
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