第31話 分け合う時間

ㅤ席についてから、あんずが言った。


「葡萄はね、腑抜けてるというより、自分が社会や集団に帰属しているって意識がそもそも足りてないんだと想う」

「言いたいことはわかる、本人は表面的な人付き合いしかできていないくせ、自分では孤高にそつなくやっているつもりなんだろうな。

ㅤ……俺が言うのはお門違いかもだけど、それって危ういんじゃないか?」

「ほら、あの子ってご両親とも亡くなってるでしょ。

ㅤお父さんが退職を迫られたパワハラ案件もその後冤罪だったとわかってて、そのわりろくな名誉回復ともいかず、職と社会的信用そして時間を喪っての失意のうち、そういう背中を見ていれば、胸中察するにあまりあるというか」

「それは、可哀想ってこと?」

「それもあるけどそれだけじゃない。

ㅤ社会はそう言った、私は父を信じて寄り添ってたって、それだけで人間納得いくと想う?」

「お父さんを信じきれない自分への自己嫌悪とか、そういう色々のごちゃまぜか」

「本人に聞いてみないことにはわからないけど、それに触れられるのは彼女のコンプレックスと化してる」

「――」


ㅤ放課後、下校や部活動に励むおのおの生徒たちの姿が窓から見えた。

ㅤ多感な時期の少女に、父の社会的信用の失墜と失職は重く影を落としたのだろうけれど、


「それのあおりを喰らって殺されかけるのは納得いかないな、まったく」

「ほんとうだね」

「そらで、俺がきみと学生会との繋がりに気づかなかったら、今日はどんな話をするつもりだった?」

「そうだな。とりとめもないこと、飴川くんの趣味とか、どういうものが好きかとか、どういうタイプの女の子が好みだとか――」

「浅木さんのことは話しやすくて好きだよ。俺もそういう、きみが楽しくなる話をもっとしたい。

ㅤ君たちにとっての俺が、どこまで行っても神秘種の検体か標本に過ぎなくてもな」

「!」


ㅤあんずは片眉をぴくりと揺らすも、それ以上の反応を顔に出さない。


「あー……そう想われちゃうのはしょうがないかもしれないけど」


ㅤ彼女は頭を掻きながら言う。


「私は目の前にいるきみが、標本だとか思わない。

ㅤそんな哀しい言い方はイヤだな」

「わかった、もうしないようにする」


ㅤじゃあなにと見られるならいいのだ、という問いへの答えを雫自身とて持ち合わせていない。

ㅤそれは彼が時間をかけて探していくものだ。


「へぇ、雫くん最近はお菓子作りハマってるんだ」

「うん、大したもの作れないけど、自分にできること少しづつ増やしていきたいから」

「今度合いそうなお茶とかあったら、持っていっていい?」

「いいの!?

ㅤ言われるまでそもそもお茶と食べるという発想が根幹から抜けていたな」

「作るなら人と一緒に食べてナンボってことだね」

「そうなのか」

「大切なひとと食べた思い出とか時間は特別になるんだよ。私も飴川くんとそういう時間を過ごしたい」

「!」


ㅤ林檎姐との過去の時間をなぞることしか、それまで頭になかった。

ㅤせっかく乙倉くんや坪内がいても、二人と分ける時間を俺は特別にしようとしたかと言われると、そうじゃない。俺の思い込みや決めつけが、食べた時間を空虚にしているとしたら――いまはあんずが差し伸べてくれる手が一筋の光にさえ見えた。

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