第41話 ダービー

ㅤ夕食の際、また葡萄がやってきた。


「どうやら生き甲斐は見つかりそう?」「え?」


ㅤ彼女の言葉は唐突なことが多い。彼女自身には奇を衒っている意識はないようだが、雫としたらそんなに嬉しいことではないのだ。

ㅤ隣で腕にしがみついているあんずを見て言っているということは、そういうことなんだろうけど。


「私たち、付き合うことになりました。ってことでよろしく」

「どうせ煮え切らない飴川に、あんずが痺れを切らしたんでなくて?」


ㅤ皮肉のひとつも言わないとやってられないのが坪内葡萄という少女だったことを今更ながら雫も思い出すが、些細なことだ。


「あんずと話すようになったのは坪内がキッカケみたいなものだし、俺はお前に感謝してるよ、ありがとう」

「そう」

「それとこの前の結晶取引相場の資料とか、おかげで色々参考になったよ。

ㅤあれらは取り扱いに細心の注意をしなきゃならないから、学生自治会の仲介は要るけれど、坪内にもちゃんと還元したいと想ってる。取り分はどれくらい?」

「学生自治会の手数料を引いた上での、あんたが8、わたしが2でどう」

「そんな控えめでいいのか」「ぼってもいいけど、元々あんたの造るものだし、私には関係ないでしょう」

「お前さんのそういう欲がないところ、美徳だと想う。こっちとしては助かるが」

「その代わり浮いた金で、あんずにいっぱい貢ぐんだよな。知ってるぞご主人」

「そうかもしれない……」

「わ、私だってそんなお金無理して使って欲しくないんだけど?」


ㅤあんずは控えめなことを言うが、案外雫のほうが乗り気だったりする。


「でも楽しい思い出、作りたいのはそうだからな。旅行とか、テーマパークとか」

「あ、それならいいかも」


ㅤ年相応にみな遊びたい盛りであった。


「そのときは水入らずで」「やだな葡萄っちも誘うよ、仲間はずれみたいなことしないし」

「――、難しいもんだな」「難しいね」


ㅤ珍しくあんずがボケをかまし、葡萄と雫の意見が合う。


「ねー聞いてよ葡萄っち、うちの旦那さァ、エーテル化学部の部長ナンパしてやがったのよ?

ㅤうちらというものがありながらねぇ、このこのぉ」

「おぉよしよし可哀想に。アンタなにやってんの?」


ㅤ向いた批難の視線に、雫は嘆息する。


「別に、その気にはならないだろ」「なったら?」

「部長と新入部員以上ではないって」「さいですかねぇ……」


ㅤ二人はやたら勘ぐる。


「じゃあ聞きますけど、部長さんとあんずのどちらかしか選べない状況で両方に助けを求められたら?」

「なんだそのトロッコ問題。両方助けるが」

「線路ごと女を跨ぐな。

ㅤじゃああんずと私なら?」

「そりゃあんず一択だろ、お前が俺を人間扱いしないんだから」

「……部長さんもあんたが神秘種とは知らないんではないの、知ってから敬遠されたらどうする?」

「あぁ……でもなんか、あの人見た目からして強そうなひとだから、神秘種とか気にしなさそう」

「なんなんだよその確信はどこから生えるんだよ。あんた、あんずのことが好きなんじゃないの?」

「そうだよ?

ㅤ魅力的な俺だけの恋人ですよ、なんせ愛してますから。それとは別に推しができたっていいじゃない、あんずは俺の一番をダービー掻っ攫ってるんだし」

「無茶苦茶だな、あんず……こいつこう言ってますけどいいんすか?」

「わたしが一番って言ってくれた――ならこの後は何人愛人できようと関係ないし、なんなら葡萄っちも愛人候補頑張ってみる?

ㅤ今なら夢の3Pないし喪女の部長さん含め4Pハーレム生活ですよ、ご主人様?」

「とんでもねぇシモの世話ぶっ込むんじゃないよ、大体部長が喪――かは誰もわからんだろがッ」


ㅤ流石に人目を気にして雫が苦言を呈する。


「でもぶっちゃけありだって、雫くん揺れたでしょ」

「ノーコメントで」


ㅤいたずらに否定しても臭くなるし、大っぴら肯定するやつの感性もそれはそれでやばい。少なくともそこまで行くと、もはや妖精の気まぐれで済ませられる気はしないのだ。

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