第19話 アイマスク

ㅤ図書館で蔵書を読んでいると、葡萄が彼へアイマスクを差し入れた。


「これは」「アイマスクだけど。まだ慣れないんでしょ、眼精疲労とか」

「あぁ……ありがとう、坪内さん」


ㅤご丁寧なことに、発熱する使い切りのタイプなやつだ。

ㅤあとでありがたく使わせてもらおう。


「今まで散々お前呼ばわりだったのに?

ㅤえ、ここからでも入れる保険があるんですか?」

「からかうなよ、たくなんのコマーシャルだ。

ㅤ素直に礼ぐらい云うっての、俺だって」

「それ、緑のドロップのぶんね」

「結局呼称云々はそこへ落ち着いたわけ。

ㅤわかったよ、これで貸し借りなしのチャラだと」

「何読んでんの」

「人には当たり前のもの、教養、常識?」

「疑問形なんだ」

ㅤ葡萄は彼が重ねた本の山に手をつける。

「漢字の読み方慣用句紅茶の淹れ方レシピ本地質学入門エーテル・オルゴン学入門――そんな一気に詰め込めるの、放課後ずっとここにいて」

「一日じゃ無理かもしれないが」

「楽しいんだ?ㅤ見えること、読めること、感じるもの」


ㅤこの際だと、雫は思い切って訊いてみることにした。


「きみは神秘種じゃない、普通の人間に関心ってあるのかい。

ㅤなんというか、慈しむとか尊重とか、好きだとかそういう」

「そんなこと、普通いちいち意識しないでしょ」「きみはそうだろうね」

「どういう意味?」

「社会性ってのは雰囲気とそれに対する継続的な信用だよ。

ㅤそれがあって初めてできることは沢山あるからな、俺みたいな弱いやつでも」

「信用?

ㅤ本当に能天気だね、あなたってひとは。そんなもの、世間の風向きと旗色が悪ければ途端に離れていく」

「俺の言ってる社会ってのは、なにも家の外に広がってるだけのものじゃない。

ㅤ家族との折衝だってそのひとつだ、きみは最期まで寄り添い続けたんだろう?」

「知ったふうなことを」


ㅤ彼女の父のこと、遠回しに言ったわけだが、過敏に反応されてしまう。

ㅤひとが家族に抱く感情というのは、繊細にして複雑らしい。


「そうだな、状況しかわからない。

ㅤただきみのお父さんには、信じてくれるきみだけが最後の砦だったのかもしれないな」

「うるさい、人間でもないくせに」

「――、そうだな。誰かさん曰く、半分妖精みたいなものだし」

「ッ」


ㅤ彼女は苛立って、そのまま何処いずこかへ立ち去ってしまった。


「……嫌われたほうが楽だが、かといってヘイト買い過ぎるとまた殺されかねないしな」


ㅤ滴には紫の滴の効果で先手を打つというのも考えられたが、今日は不思議と気分が落ち着いている。

ㅤ日を跨ぐと、こうも心象の異なるものなのか。

(やめだ、今は自分のやることに打ち込もう)

ㅤ彼はふたたび書物の山へと向き合う。

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