第35話 結晶取引相場

「相席、よろしいですか」「どうぞ」


ㅤ夕食のとき、葡萄がやってきた。雫は頷く。

ㅤ彼女はさっさと本題を切り出した。


「これは根本的な問題、神秘種と一言には括っても、生態が多様すぎる。

ㅤするとそれが人の似姿をとるとどうなる?」

「それが擬態か、あるいは本当の混血かの区別がつかない。

ㅤ坪内さんの言う通りなら、妖精の俺は人のはらから生まれてないんだし。

ㅤ他人がそうだと聞いたら、俺もそいつをバケモノとして扱うだろうよ……それで?」

「あんずのこと、どうする気なんですか」

「どうするって、そりゃ――妖精の俺は、あの人に相応しくないんだろうな」

「このまま友達ごっこを続けられると?」

「ちゃんと話すようになってほんの数日とはいえ、親身になってもらってると想うよ。

ㅤ単に親切だとも思ってない、ひとりの女の子として魅力的だとも想う」

「ほぅ、言いますね」

「坪内さんはそのとってつけた敬語の裏が怖いんだよ」「あ?」

「それこそきみが、そんな友達想いなことにいま軽く驚いているくらい」

「私のこと、なんだと想ってるわけ」

「自覚がないのか?」


ㅤこれまで自分がしてきたことを胸に手を当てて、よく考えてみて欲しいところだ。


「隣いいかい、ふたりとも愉しそうに話してるじゃないか、僕も混ぜろよ」


ㅤ雫の隣へ鼈甲が掛ける。


「そう見えるか?」「見える」

「いや、ないでしょ」


ㅤそう吐き捨てて葡萄が入れ替わりに立ち上がり、トレーを片付けた。

ㅤ彼女の背中を見送る男子二人。


「いったいなんの話してたん」

「大したことじゃないよ」

「最近モテモテじゃないですかぁ、飴川くん」

「……だったらまだいいんだけどな」


ㅤ学内端末のほうへ着信があった。席を立ったばかりの葡萄からだ。


「なに?」「ほっとこう」


ㅤ部屋に戻ってから開いた。


『エーテル結晶取引相場の変遷について(2063年)』


ㅤファイルはPDF形式にまとまっている。小さな端末ではまたしても目に優しくないが、彼女がなにを提案したいのかはひと目でわかった。


「なるほどな、俺の作ったドロップを売るのか。

ㅤ仲介は学生自治会が関わり、その場合手数料を引かれる。

ㅤ……それでも俺がいまの生活を維持するには、充分な見返りが見込めると。

ㅤ坪内もよくこんなことを思いつくけど、学生会はそうなることをはなから見越していたんだろうな」


ㅤ一ノ瀬塊炭の不敵な笑みを思い返す。戦闘になれば、いまの俺や彼女では到底敵わない。

ㅤ彼は普通の人間だが、有する魂魄鎧の性質やフィジカル的なポテンシャルが不透明なままだ。

(対立を避ければ、学園に迎合して仲介の手数料を支払うしかなく、エーテル結晶は精製精度が高まればそれだけ高額で取り引きされるようになる。それでも5%なら良心的だよな、加えて坪内さんに紹介料を払うとしても)


「滴を作るなら、寝ながらでもできる。あいつなりに、気を使ってくれてるのかな……坪内が?」


ㅤそれまでを想うと、雫には半信半疑であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る