第34話 寝落ちて

ㅤ仮眠のつもりが寝落ちていた。

ㅤ参考書の山に埋もれて、目覚まし時計へ手を伸ばす。


「もうこんな時間!?

ㅤ朝食間に合わないぞ……」


ㅤ本日は座学なので朝抜きでもなんとかなろうが、自分の場合は食堂以外で間食を買う習慣もない。


「そろそろ懐もカツカツだし、バイト探したほうがいいよな。学費に充てられるぶんがあるだけはマシなんだが」


ㅤいくら組の金といったところで数百万そこいらなど学費の支払いにあててしまえば、大した額は手元に残らない。盲目だったこれまでとは違い、制度に甘んじ続けることも難しい。どのみち仕事なり、自立した生活のためには、学業と別に稼ぐ時間が必要なのだ。


「おはよう飴川くん」

「あぁ浅木さん、おはよう」

「深刻な顔だね」

「そうかな。色々考えてて、バイト始めたいんだけど、今のままだと体力が足りないというか――俺の場合、出席日数や単位についても考えなきゃいけないし、学業と両立とは軽く言えないんだよな。

ㅤ失敗したら潰しが効かない」

「飴川くんが心配なら、私が養ってあげるよ。パパのお金で」

「……実のほうだよな?」「当たり前じゃん」

「浅木さんって実はお嬢様だったり――いやこの学校、そういう人が殆どなのか。俺みたいな貧乏人が浮いてるだけで。

ㅤ気持ちだけ受け取っておくよ、こればっかりは自力でなんとかしないと」

「遠慮なんてする必要ないんだよ?

ㅤ飴川くんは私の大切な人なんだから」


ㅤ正直、引いた。いや本心からそう思ってもらえたにしても、彼女と俺の間にはたぶん認識の溝がある。


「あまり軽々しく、そういうことを言わないでくれよ。

ㅤ現実的じゃない、神秘種の混血なんてものが社会でどう扱われるのか知ってるだろう。

ㅤそんなやつに金を使うなんて、きみの親御さんだって眉を顰めるんじゃないか」

「そこはまぁ、黙ってれば」

「ダメだ、どうせ一朝一夕になんとかなることじゃない。

ㅤ……心配してくれて、ありがとう」



ㅤ昼さがり、食堂で仮眠していたときにも声をかけられた。


「朝急いでたし、じつは食べてないでしょ?

ㅤまだお腹入るなら、お弁当かるく持ってきたんだけど」

「いいの!?」


ㅤ最近の浅木さん、俺だけにやたら優しい気がしてくるので正直心が揺れる。


「マジで助かる」「そんなに喜んでもらえるなんて、作った甲斐があったよ」


ㅤ小箱の中身はおにぎりとだし巻き玉子である。

ㅤそのシンプルな構成こそ、いま彼が求めていた構成であった。


「出汁使った料理、自分では全然やってないから嬉しい」

「朝はちゃんと食べなきゃダメだよ?

ㅤ寮は夜更かししたら誰も起こしにいけないんだから」

「次からは気をつける」「こんなんバイトなんかやったら、ほんとに身体壊さない?」

「……気をつけるよ」「そう。応援はしないよ、無理してほしくないし」「うん」


ㅤ手作りのお弁当をうれしそうに食べてくれる彼を見て、あんずは微笑んだ。

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