第33話 妖精とは
「決めた。私、飴川くんの特別になりたい」「――」
ㅤ男子寮からの帰り、そう言ったあんずに対し葡萄は難色を示す。
「あんずが何を考えてるにしても、これは憶えててほしい。
ㅤあいつは人の皮を被った妖精、生まれついて人の倫理では動けないの。
ㅤ周りがどう言われるとかは知らない、ただあいつがそのようにあなたを傷つけるなら、きっとそのときには取り返しがつかない」
ㅤあんずが立ち止まり振り返る。
ㅤ葡萄はなぜかぞっとした。
「ガンコナー、だっけ。
ㅤ彼を見ると、そういうモノを思いだすね。最後まで振り向いてもらえないかもしれない、あるいは私は一生騙されつづけるのかもしれない。……それってそんなにいけないことかな?」
ㅤ微笑む彼女の瞳の奥に宿るものがなにかを、葡萄は知らない。
*
ㅤ妖精としての自分の性質や正体に、実感が湧かないのがいまの彼である。
(本物の妖精なんて、見たことないし)
ㅤとはいえ、坪内曰く妖精は自身の子を育てるという概念がないそうな。
ㅤ伝承なら人間の子育てや家の世話なんて話もあるようだが、たしかに同族を育むためにどうという話は殆ど見受けない。
「妖精ならすでに単体として完結しているべき、人としては未成熟な十六才ですか……凹むなぁ」
ㅤどう足掻いても自分は、人間の片親――芸術肌でプライドの高い無責任なクズ――には捨てられる必然だったらしいし、そんなやつに無理して育ててもらいたくもないが、かといって、普通の家庭がなにをするものかも想像がつかないから、誰かの猿真似や生活をなぞって、人間らしいフリをしている薄気味悪さは我ながらあった。
ㅤ型なしというか、どっちともつかずというか。
(どうせなら自分が妖精だと知らないまま、無責任に他人のせいにして死にたかった。
ㅤ俺を棄てた世界のすべて、知ったらなおのこと赦せないはずなのに……)
ㅤ報復したいほどの意欲もないのが悩ましい。それが妖精らしく人間らしいのとは程遠い、というか生き物としてさほど正しくないのもなんとなくわかっている。こういうのを普通、枯れてるというんだろう。
ㅤ林檎姐が死んでから施設もなくなって、結果俺は心の拠り所、生きがいを失くしたのだと。
「明日も坪内や浅木さんは、俺と楽しく話してくれるかな?」
ㅤそう、束の間だっていい。ただ俺は楽しいを、あの二人といる時間に噛みしめたい……いつの間にそう想うようになったんだろう。
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