第32話 喪った目標
ㅤ焼き菓子に挑戦しようとパンケーキを作ったら、今日は葡萄がほとんどを食べてしまった。
「俺が食べるぶんが残ってないんですけど」
「まずまずの出来でしたよん、あんずのアールグレイおいしい」
「太るぞ」
「脳が糖質を消費するので必要な補給だよ、能天気なおバカさんとは違って」
「最後の一言いる?」
ㅤ雫の地頭はけして悪くない、あまりの口の悪さにあんずすら呆れている。
「葡萄っちさぁ、そういうこと言うなら私もう分けてあげないよ?」
「あっはいごめんちゃい」「誰に対して謝ってるの?」
「浅木さん、もういいよ。誰がバカだとかそんな話」
ㅤ名指しで認められても困るし、そうなったらそれはそれで複雑だ。
「そもなんで男子寮内のダイニングなんて奇特な場所に君らは集まってるんだよ。
ㅤお菓子持ち寄るだけなら、ほかでもできるだろ」
「そりゃご主人様がおいしいものを作るから」
「飴川くん、ご主人様ってなに」
「またややこしいことになってきたな」
ㅤ追って紫の滴の効果で彼女が自分へ危害を加えられない話をした。
「学生会がきみを静観しているのは、そういうわけか」
「彼らの力量や俺個人に対する脅威判定が、正直よくわからないんだよな。
ㅤもう知ってるんだろう、俺がなにをして視力を得たか」
「一応?
ㅤ絡まれた三人を『煤』というか、塵で捕食してしまったらしいところは」
「それだけ聞くと完全に人間の敵でしょあんた」
「――」「葡萄っち」「はいやめますよ、お口チャック」
ㅤ口を開くと自分が余計なことしか言わない自覚はあったらしい。
「飴川くん、これからどうするつもり?」
「どうする、とは」「将来的にというか、きみは何になりたいのかなって、ふと想って」
「卒業はしたいよ、まずはこれまで遅れをとってきたぶんの成績はなんとかしたい。
ㅤそっからの将来、将来かぁ……」
「ごめん、無理に聞くつもりはなくて」
「昔はさ、お世話になった施設に多少なりにも報いれたらって想ってたんだけど、俺のいたところ、もうなくなっちゃったんだよね」
「きみの育った場所ってこと?」
「それがどうってわけじゃないんだけど、じゃあもうどこにいても同じというか。
ㅤ恩を返す相手も最初からいないなら、なにを目指していいか、最近はよくわからなくなった」
「「――」」
ㅤさしもの葡萄たちも、そんな彼の胸中を聞かされては神妙な顔にならざるをえない。
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