第21話 みんな私をバカにする

「いや、寧ろきみには彼へ接近してもらいたい」

「どういうことでしょう?」


ㅤ塊炭がほくそ笑む。


「踊り場でのそのとき、きみはなぜか彼を殺していない。

ㅤ彼から返り討ちにあったなら、なぜきみはまだ生きているのか。

ㅤ我々もあの時点で彼が死ぬならそれはやむなしだったんだ。

ㅤだがきみが『殺せなかった』ことにより、状況がまた変化した。

ㅤおそらく彼はすでに人を殺しているな?」


ㅤ三人組の死体は遺っていない、また感知系のすぐれた魂魄鎧使いか?

ㅤ葡萄は学生自治会がどこまで事情に通じているか、値踏みしている。


神秘種オカルティックビースト、獣の名をあてがわれた超自然の存在。

ㅤ彼はエーテル・オルゴン史上に現れた稀有な存在だ。

ㅤ生まれついて視力を持たなかった場合、それを後天的に獲得するなら視神経や受光器官の確立には負荷が伴う。

ㅤ普通の人間なら、たったの数日で今の彼ほど精力的に動けないだろう。

ㅤ彼は人の精を喰らった、失踪した三人組はその餌食となったと我々は見ている」


ㅤ塊炭が副会長の肩を叩く。会話をバトンタッチするようだ。


「坪内葡萄さん、神秘種のエーテルに人を惑わす力があるのはご存知だね」

「――」

「彼と接触したきみにもその効果は現れる、既にきみは望まずして彼の傀儡だ。

ㅤそれを見越して我々は提案する。飴川雫の妖精としての有用性を、きみが証明しろ」

「証明、ですか。……排除ではなく?」


ㅤ話があからさまにきな臭くなっていた。

*

ㅤ夕刻、寮への帰途がてら朝に欠かした走り込みをやっていると、葡萄が不貞腐れた顔でやってきた。

ㅤこちらはわざわざスルーしているのに、早速突っかかってくる。


「私がいるのわかってて無視するとはいいご身分ですね」

「殺せもしなかったくせして付きまとってるって……きみ暇なの?」

「う゛ッ」


ㅤ葡萄と雫の口論は、最近は雫のほうへ軍配が上がりがちだ。

(生徒自治会に目をつけられるなんて、ほんとついてない)

ㅤ坪内葡萄は孤高を好む、他人なんて自分の足を引っ張るだけの存在だ。

ㅤ生徒自治会の実力や噂を聞いていれば、遅かれ尻尾を掴まれるのはわかっていたがそれにしても早すぎる。


「今は本格的に疲れてる感じ?

ㅤ食堂で休憩とるんだけど、一緒行くかい」

「なにそれ怖い、あんたと一緒にいるとこ、ほかの人に見られたくないんだけど」

「そっか、一人が好きなのか」

「人間はきらい」「神秘種は?」

「みんな私をバカにするからきらい」「すげぇな、一周まわって尊敬する」


ㅤ雫を散々コケにしてきた彼女自身は棚に上げて、都合のいい自己憐憫に走っている。

(今日はやけに被害妄想が強いな?

ㅤ本当にこの女、どうしてこれまで背中から刺されてないんだろう……)

ㅤそもそも向こうから話しかけてきたくせに、素直にかまってと云うならまだ可愛げが……いやないな、こいつにそんなものを求めてはいけないのだった。


「大方教師か学生自治会あたりに、俺とのこと嗅ぎ付けられたんだろ」

「あんた」

「わかってる、もう聞くつもりはない。

ㅤ踊り場での件で騒ぎになっていれば、俺もセットで呼び出されたはずなんだし、そうなるとこちらは逃げ場がないというのに、自治会の連中はなにを考えている?」

「勘が良すぎると、ひとから嫌われるよ」

「どうせ妖精ですから」


ㅤ辺りに人がいないのを、そのたびわかっているからそう言える。

ㅤ最近はいい口実ができた、自分が孤独なのは『妖精』だから、人を殺してなおも面の皮が厚いのも、人外としての無関心と諦観なのだと、今ならすっかり割り切れた。

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