第40話 押し切られ
ㅤエーテル化学部へ入った話を空いた時間の図書館内、個別ブースでしていたら、隣席で聞いていたあんずの機嫌がよろしくなかった。
「それって部長さん、チョロ過ぎません?」
「なんだろうと優秀な魂魄鎧使いには間違いないよ」
「そりゃ天知金華といえば、その筋で知らない人なんていらっしゃらないでしょうけどね。
ㅤ今年の交流戦選抜生のひとりは、まず間違いなくあの人って言われてるぐらいだから」
「そうなんだ、かっこいいよなぁあの羽根」
「片翼とか厨二病拗らせてるだけでは」
「なんてこと云うんだよ」
「飴川くんこそさ。せっかく二人きりなのに、ほかの女の人の話しちゃうんだ」
「――」
ㅤ確かに野暮なことだったかもしれない。浅木あんずから受ける好意は、毎度くすぐったいくらいに嬉しいのだけれどその実それを素直に伝えると、自分は彼女から離れられなくなってしまう、そういう怖さがある。
「最初から、そういうのじゃないよ。
ㅤ俺がいくら軽率なこと言ったところで、誰が本気にするとも想わないけどな」
「どうして?」
「俺はどこまで行っても人間じゃないし、人間として見られない。
ㅤ自分や誰かがそうだと言い張ろうと、一生かけても『人間をはみ出した別のなにか』なことを否定できないし、その疑いを解けないのも知ってる――浅木さんは」
「あんずって呼んで。私も雫くんって、そう呼ぶから」
「呼び捨てろと?」「そう」「あんずさん、じゃなく」
「あんずでいい」「あんず、じゃあ俺のことは」「雫くん」
「くん付けなの?」「雫くんは雫くんだからね」
ㅤ一方的すぎやしないかと思ったものの、いちいち拒むほどでもない。
「そう……話がズレた気もするけど、あんずが俺に優しくしてくれるの、正直嬉しいよ。
ㅤでもそういうの、やるとして学生の間でせいぜいじゃないかって……言いたいこと、伝わってるかな」
「たぶん、誤解なく」
ㅤ真顔で頷かれてしまった。すると雫はばつが悪い。
「あんずのこと、ひとりの女の子として魅力的に想ってる。
ㅤ俺みたいないい加減なやつの言葉なんて、そんなあてにしないで欲しいけど、でも。
ㅤ俺が神秘種なんかと関わらなければ、間違いなくきみを好きになったと想う」
「今好きじゃダメなの?」
「ダメというか……神秘種に対する態度というなら、学生会や坪内たちのようなのが、きっと正しい。
ㅤきみ自身がそれをどう想うかはさておき――俺には、人間でない自分を認められるだけの自信がないんだろうな、だから」
ㅤ目を逸らしそうになる彼の顎を彼女の指が捉えると、次には接吻されていた。
ㅤ驚いて硬直する彼の唇を割って、彼女の舌先がその口腔を貪る。
ㅤそんな儀式をひっそりと終えて唇を離した彼女は、口元を拭いながら、
「自分が好きで、きみが好きでいてくれて――そんなの断る理由ないでしょ。
ㅤいいよね、これが私の気持ちなんだから」
「あ、あぁ」
ㅤとのことで。雫はすっかり押し切られてしまった。
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