第39話 課題の答え

ㅤ片翼の少女は、やれやれと肩を揺らす。


「惜しかったよ。実際一年生相手なら、それで将来性を見越して及第点を与えてた。

ㅤでも私、きみにはもう一歩踏み込んでもらいたいんだよね」

「――、振り出しですか」


ㅤ雫は苦笑する。

(部長の求めているのは、もっと別な気付きだ)


「もう三分だけ付き合ってあげる、私もこれで忙しいし」

「猶予いただけるだけ、ありがたいですよ」


ㅤこれが最後のチャンスだ、次こそは失敗できない。


(魂魄鎧のマテリアルを飛ばす、だけでは足らない。

ㅤルーペというより、今度のは翼全体からのプレッシャーだった。

ㅤ仕掛けてくるのがわかったら、一気にエーテルの制御範囲を拡大した――そういう繊細でありながら同時に大胆、反応に一切のムラがない。それこそ身体の一部のように……待てよ?)


「……あぁ、そういうことか」


ㅤそれは至極単純なことだ。

ㅤ――物理系魂魄鎧は知覚系と比較されるけれど、けして対ではないの。

ㅤ我々が扱う領域は、マテリアルのおもちゃを造って満足していてはいけない。

(ってことは、だ)

ㅤ先程彼女に言われたことのなかに、答えのピースは揃っていた。

ㅤエーテル・オルゴンから生成したマテリアル、単に飛ばすだけではなく、それを感覚器として制御するのだ。


「その羽、ほんとうにかっこよくて綺麗ですね――触っても大丈夫ですか」

「余裕あるじゃない、それで課題は間に合いそう?」

「おおよそ答えは出かかってるんですけどね、あとはツールさえ揃えば!」


ㅤナックルを握る腕を彼が振り上げると同時に、弾丸は金華へふたたび直進する。


「同じ手は喰らわない――よっと?」


ㅤ 弾道が彼女が反応するより先に軌道を変えた。

(垂直から直上、こちらの反応できる間合いを迂回したところで――いや、これは彼の勝ちだ)

ㅤ彼女の関心はすでににない。

(ほとんど同時に二発の銃声がした、ナックルの砲口が二口に増えてる?

ㅤするともう一発はすでに私の死角を――)

ㅤ背面から片翼のマテリアルに衝撃が走る。


「……ごーかく、です。一発目が軌道を変えた時点で課題としては終わっていた。一発目の後ろに二発目を仕込みながら、最初の弾丸の軌道を変えて正面から来るものと構えた私の呼吸を乱して注意を引き、その間に二発目を背面の死角へ潜り込ませる。

ㅤそれで、あなたはなにに気づけた?」

「『幻肢』って言葉があります。

ㅤ四肢のいずれかが欠損してなお、ないはずの指先が動く感覚が残っているような――あるいは本来の人体にない器官、たとえば尻尾のようなものを、一から意識して生やすようなイメージですか」

「そうしてあなたは弾丸を操った」


ㅤ雫は頷いた。


「エーテル・オルゴンによる魂魄鎧のマテリアルは、発動者の本体と切り離しても自律して動く、ということはそれ自体が独立して作用する器官として扱えるはずだ。

ㅤそれはエーテル・オルゴンの総量に関わりなく行える」

「お疲れ様、ようこそ我がエーテル化学部へ」

「――」


ㅤ彼女は片翼を解除していない。その姿はさも、湖面に降り立つ白鳥を想わせる。

ㅤ握手を求められて、小さなその手を静かに彼は握った。


「部長の手、小さくて柔らかい、女性の手ですね」

「褒めてもなんも出ませんよ、私なんか口説いたところで、ほかのやつはからかってくるだけだし」

「いや、かわいいですよ。部長は魅力的なひとです」

「そ、そう……とかく、今日からよろしくね。

ㅤ部員はみんな、毎日じゃなく決まった曜日にまばらに集まってってのが殆どだから、肩の力は抜いてもらっていいよ。そのぶん、学祭とかの繁忙期には総出で頑張ってもらうから」

「すいません、忙しいんでしたよね」


ㅤ思い出して雫が手を離すと、彼女は一瞬寂しそうな顔を作る。


「あ、いいのいいの、さっきのは試すための口実みたいなものだったし。

ㅤその実きみのテクニックは、予想以上だったから……その部室戻るまでの間だけ、もうちょっと手、繋いでてくれる?」

「はあ……」


ㅤよくわからなかったが、彼は言う通りに従った。

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