第43話 坪内邸
ㅤ日曜日、葡萄に呼ばれて彼女の実家へと向かった。
「まぁ当たり前のようについてくるあんずはいいよ仕方ないよ。
ㅤそれはそれとして、そこにいる人は?」
「初めまして坪内さん、エーテル化学部部長の天知金華です」
「はぁ……なぁご主人、いや飴川くん。
ㅤきみには『断固として同行を断る』という概念がないのかな」
「あー、いや、エーテル結晶やそれを生成できるノウハウってなると、神秘種についての研究もしぜん題材に上がってくるからさ、あんずとそのことを話してたら聞かれてしまって……」
ㅤ流石に個人宅へ三人して押しかけるのは非常識だと想わないじゃないのだが、あんずと金華が押し切ってしまったわけである。
「エーテル結晶のことはいいけど、部活動に部外者の私を巻き込んで欲しくないかな」
「これは堅物なお嬢さんだね。
ㅤあんずちゃん、懐柔は頼んだよ」
「まかしとってくだせぇ」「え?」
ㅤあんずは雫と自分が作った茶菓子を持ち寄り、あとでみんなで食べようと誘う。
ㅤ甘いもの好きな葡萄はすぐに折れる。
ㅤそこは、寂れた洋館だった。
ㅤ父親から継いだと言うが、ながらく彼女自身も戻っていなかったそうで、家具は埃を被っている。
「これはひどいな。家、ずっとこのままにしとくつもりか?」
「生家だから売りたくはないけれど、維持できるひとがいないからな。
ㅤ学区からけして遠くはないし、掃除はしたいけれど」
「――、ちょっとやってみるか」
ㅤ室内の淀んだ空調とエーテルを知覚し、窓を開く。
ㅤ雫は部屋の埃と湿気を意識して、妖精の力で家具を壊さない程度の圧で汚れを拭い落としていった。
「あ、ありがとう、こんなことで部屋ひとつ片付くのは便利だな。
ㅤけど……いまの部長さんに見られたら、マズいんじゃ?」
「さっきあんずさんと別の部屋入ったろ、誰が信じるんだよ妖精の力なんて……」
ㅤ葡萄の顔が何故か引きつっており、彼女の視線へ釣られて、彼も振り返る。
「ん」「あ」
ㅤふたりともちょうど戻ってきたところだ。
「飴川くん、今のって――」
ㅤあんずと葡萄が見合わせて嘆息し、雫も天を仰ぐ。
「なに、見ちゃダメなやつだったの?
ㅤエーテル制御の一環にしては、やけにまた人間離れしているというか、試験のときはそんなもの一切つかってなかったよね」
「部長、興奮しないで、落ち着いてください。
ㅤ今それを話しますから」
ㅤ結局雫は自身が妖精との混血であるということを、金華相手にも話してしまった。
ㅤそれがいいことかはわからないが、
(部員としてなんだかんだ親身にしてくれるこの人に、隠し事なんてしたくない)
ㅤ雫がそう思ったこともまた事実である。
ㅤ隠しておいたほうが社交的にはうまくいくかもしらないが、雫がその辺り駆け引きがうまいわけでもないので、不自然に想われるよりはいっそのこと、というか。
「神秘種との混血、本当に今の時代、残っていたとはね……するとエーテル結晶そのものも『水』と『煤』を用いた精製物ってことか、道理で――そういうことだったか」
「隠していてすいません、けど」
「あぁわかってる、下手なカミングアウトはきみの身に危険が及ぶのが目に見えているからな。
ㅤそれに隠していたというなら、それを知ってここにいる葡萄さんやあんずちゃんも同罪だ」
「そんな、私はただ……こいつに脅されて」
「脅す?」
ㅤ不穏当な言葉が葡萄の口から転がり出たことで、金華は怪訝な顔になる。
「俺が造った紫の
ㅤ先に殺そうと襲ってきたのはその女だし」
「あんずちゃん」
ㅤ金華は客観的な意見を求めた。
「葡萄っちは被害妄想が激しいだけです」
「被害妄想!?ㅤ妄想で済むか!」
「どうどう落ち着いてよ、葡萄が脅されてるとしたら、雫くんより自治会のほうでしょ」
ㅤそれを聞いて金華もまた察する。
「道理できみたち、学生自治会の名が出るたび面白くなさそうな顔してたよね。
ㅤ……でも葡萄さんは正直、軽率だったと想う」
「それは――」
「神秘種の混血というのは、扱いが非常に難しいのよ。
ㅤ貴種とされる龍の血を継ぐものも、学内には数名存在する。
ㅤ葡萄さんだってそれを知っているのに、なぜ襲ったのが彼だったのか、答えは明白よね」
「――」
ㅤ葡萄は黙りこくるほかなかった。
「飴川くんには後ろ盾となる人間がいない、身寄りのない孤立した存在だから。
ㅤ学生会は彼の正体をわかって、これまで敢えて保留してきた。
ㅤ彼の煤が三人の人間を喰らうまでは……死体諸共捕食という事態が状況をより厄介にし、功を焦った葡萄ちゃんは客観的に裏付けとなるものも用意せず、彼を単独で襲撃――その時点で詰めが甘かったといえるけど、あなたをそこまで焦らせたのは――」
「部長、そこまでにしてください」
ㅤあとは言わずもがな、またしても教壇を追われた彼女の父へと話が帰着する。それを指摘される寸前、葡萄はすでに顔色がよろしくないし、いくらなんでも惨たらしい。あんずが近づいて、彼女の肩を支える。
「みんなでお茶にしましょう、お掃除済んだなら」
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