第45話 人間と妖精

「なんで来たの」


ㅤ言葉のチョイスに芸がない。人の境遇を罵るときには皮肉たっぷりの饒舌な女だが――、


「あんずが不思議がっていたよ、どうしたら毎度あれだけ食っててスタイル維持できてるのかって」

「自分でも暴食ぎみな自覚はあるよ、でもこればっかりは体質だから」


(それってストレスてことじゃ……)

ㅤ雫はそれを口にこそ出さないものの、哀れんだ。

ㅤ父の失職に端を発していることは言わずもがなだろう。


「うちの親父は褒められた人間じゃなかったかもしれないけど、本格的に荒れたのは職を失ってから。

ㅤ最初の冤罪が晴れても、以前のような活力は戻ってこなかったよ。

ㅤだから死ぬしかなくなったんだろうね、最後にはここを出て、私を捨てた」

「――」


ㅤだから同情しろと言うのではあるまい、彼女は自らのプライドに殉じるタイプだろうから。


「でもあの人との間に遺ってるものも、確かにあるんだ。

ㅤ私は都合のいい思い出だけ掘り起こして、『そんなに悪いものでもなかった』って道理を付けて納得したいだけ、自分のために……昔教わったんだ、人が辺境へと追いやった神秘種、幻想のごとき生き物たちのことを。

『それは人の理の外にあるから一見相容れることはないように思うけれど、彼らの超然とした倫理は、あくまで私たち人間の生活の傍らに在ったはずのものなんだ』って」

「そう」


ㅤするとなんだと言うのか、彼女の次の言葉を待った。


「一生かけてもあなたという妖精を理解できないけれど、理解しなくていいんだろうね。

ㅤ言葉をまじえなくたって、あなたのような存在は在るだけで完結してしまうから。

ㅤ言葉や命題に惑う人間などとは違って」

「……お前はそんなに俺が、人間であると嫌なのか」

「あなたがそう自認するならそれでいい。

ㅤだけどあなたは規範からはみ出したとき、人を殺して裁きを逃れる都合のいい口上を得て超然としていられる――それは私の知ってる『人間』じゃない、だけ。

ㅤ人間じゃないものが、人間の生活に寄り添っているだけなら文句なんてない。

ㅤでもそれが人そのものを真似てはいけないのよ」

「なぜ?」

「なまなりの型なし、何者でもなくなるから。

ㅤそれは生物としての異端、侮蔑され唾棄されるものだよ」

「今の俺は、それだと」

「人を演じるなら、都合のいいとき知りもしない『妖精』のふりなんてしないで。

ㅤ規範を逸脱することをなんとも想わないなら、あなたにあんずたちの傍にいる資格なんてない」

「……肝に銘じておく」


ㅤ耳に痛い言葉ではある、だが不思議と彼女なりの譲歩を感じられた。


「人間なんて声高に道理や愛を説くわり、自分の言葉に責任を負わないなんてのも殆どだけど。

ㅤねぇ飴川くん、妖精のあなたから見て、いまの私はどう?」


ㅤ自嘲ぎみに笑う彼女に、彼は何も答えられない。

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