フェアリーダスト・ドロップ ～俺をクズ呼ばわりするクラスの女子が眷属に堕ちたんだけど？～

第8話 ドロップ

「うるせぇんだよ、お前ら」「？」

ㅤ両親のいない、ただそれだけのことがどうしてとやかく言われなくてはならないのか。

ㅤどいつもこいつも、目の見えなかったことだって、俺の責任じゃないのに。

ㅤこの女も弱者がいびられることを傍観している側、そういうのがいるのは仕方ないことだ――だがだからって見切りを付けて、殺しにかかるのは論外だろ。

「俺だってそうなりたくてなったわけじゃない！」

ㅤ弱者なんてのは屑だ、だが弱者だから屑なのじゃない。弱者に甘んじるから屑扱いされるのだ。

（虚勢でもいい、俺にはあの女を殺すだけの力があるはずだ。

ㅤなら意識して自覚しろ――俺の内に潜む獣の正体を！）

ㅤそれができなければ、死ぬことはなかろうと、この女のなかで俺は弱者のままだろう。

ㅤどうしてかな、それが俺にはいま、酷く我慢ならないのは？

「へぇ、立ち上がった」

ㅤ雫は彼女を睨みつける。

ㅤ見えないはずの目が見えるかもしれない――それだけのことに、葡萄はたじろいでいた。

ㅤさっきの俺がそうであったように、この女にも付け入る隙があるかもしれない。

ㅤだとして、あとはそのための手札だ。

「お前は話しかけたときから、俺に負けてる。わざわざ俺の土俵へ降りたんだ。

ㅤやるなら声を掛けるまでもなく、一気に仕留めるべきだった」

「あなたに決定打はない。

ㅤいつの間にか魂魄鎧で致命傷を回避しているようだけど、一昨日までのあなたに、そんな器用なことはできないでしょ、人喰いのバケモノが」

ㅤそもそもこいつと話していたくない。集中する、今の俺にできることを探せ。

（このまま死ぬのも、こんな女へ這い蹲るのもごめんだ）

ㅤ解剖がどうした？ㅤ目を潰されるのとそう変わらんだろう、そんなの。

ㅤ塵にしてしまうにはもったいない美貌だが、ほかにないならそれでいこう。

ㅤこんなときに思い出すのが、施設にいた頃、あのひとのりんご飴。

ㅤ手作りのそれをたびたび持ち寄ってくれたが、そのたび俺は固いと文句をつけていた。

（なんで今、あれなんだか、林檎姐）

ㅤあんな固いだけのもの、なにがいいんだが。俺ならきっと、もっと美味くできる。

ㅤ今はそんな気さえしてくるけど――、

「人殺しの作る」「ん」

「――て、どんな味なんだろうな」「なんて？」

ㅤドロップ、なんてこんなときに出てくる言葉じゃないんだろう。

ㅤ人のことを屑だのバケモノなど呼んでおいて、コイツの方がよっぽど人間らしくない、冷徹な処刑マシンのようにも見受ける……いや、彼女自身には『らしい』のやもしれないが。

ㅤ彼女の背景はわからないし、興味もない。大事なのは、俺がこんな女のために人生終わりかかってることだ。

ㅤ――いつか雫の作る飴、私も食べてみたいな。

ㅤ目が見えないなら、計量はできない。自分ひとりでそれをできるでもなかった。

ㅤ進学に前後して魂魄鎧の初歩的な制御を血の滲む思いで憶えたが、林檎姐のいない世界で、俺が頑張らなきゃいけない理由ってあるの？

ㅤ――勉強頑張れば、私がまた褒めてあげる。ほら、飴ならまた沢山作ってくるから。

「ねぇちゃんの作る飴、固いんだよ」

ㅤ俺なりにいくつも食べてみたし、取り寄せたり、作りかけて失敗して。

ㅤけど味は俺が最初に憶えた彩りだ。

ㅤ俺が作るなら、もっとこう……甘くて、人を酔わせる滴（ドロップ）がいいな。