第30話 間者
ㅤ雫は徒手空拳で猪へ立ち向かう。
(チンピラ三人に敵わなかった程度の身体がちゃんと動く。今の俺なら)
「
ㅤナックル状のマテリアルが、彼の指先に現れた。
ㅤそのまま複数回殴っているうち、マテリアルの耐用力を上回って消失させる。
「できたッ……!
ㅤ俺にも、
「ひょっとしなくても初めて?
ㅤ飴川くんの魂魄鎧、本当に成長してるんだ――すごい」
「浅木さん!」「わかってる、ナインキャット!」
ㅤ啼き声とともに鬼火をまとった猫は、猪たちの脇腹へ突進する。
ㅤ突進するたび砕け、再構成されると同時に助走をつけて次の個体へ飛んでいく。
(一度の顕現につき破壊されても九度まで再構成されるのか。
ㅤエーテル・オルゴンの運用効率は間違いなく凄いのに)
「地味でしょ?
ㅤ元々そんなに強い子じゃないの。
ㅤ一個新しく作るたび、一期一会みたいな気分で造ってるけど、これまで戦闘でまともに活躍させられなかった。今日想ったより早く済んだのは、飴川くんのおかげだよ」
「……役に立てたなら、本当に良かった」
ㅤ雫自体も三体ほどを腕力でぶちのめし、彼女の猫が命数残機を削って屠った九体に加え、残存するエーテル・オルゴンを小刀状のマテリアルに変えた彼女自身がもう残る三体を担当。
ㅤそうして実技訓練はつつがなく終えることができた。
*
『なんであんずと仲良くしてんの?』
ㅤチャットアプリから葡萄が入れてきた。
(言いたいことあるなら、わざわざクラスの
ㅤ俺と関わっているのを知られたくないとの彼女の意見ももっともなのだが。
『文字小さくて見づらい』
ㅤとは、獲得したばかりの視界に馴れない彼らしい返信といえる。
(フリック入力っての、なんだが指先がつるつるしててやたら不安になるな、変に力が入る)
「あーめかーわくん!」「!?」
ㅤ彼の席へやってきたあんずに飛びつかれた。学園端末の画面を切る。
「びっくりした、何かあったの」「これから起こるんだよ」
「と言いますと」「放課後、付き合って」
*
ㅤ図書室の机で落ち合ってのち、雫から口を開いた。
「……きみが学生自治会と繋がっていることを、はたして坪内さんは気づいているのかな」
「あれ、もうバレてるの」
「きみのナインキャットは、俺みたいなド素人相手の諜報には使い勝手がいい。
ㅤ体色を変えてその辺に置いとけば、そこいらの猫となんら変わらないだろう。
ㅤ残念だけど俺には、他者の持つエーテルの質感がわかる――ろくに動かない目より、俺はそういうモノを信じてるから」
「今日は純粋に飴川くんとデートしたかっただけなんだけどなぁ、私?」
ㅤその言葉が本心か、彼には測りあぐねる。だが彼女と話すのはいやな気分じゃない。
「カフェテリア行こうか、詫びになにか奢る」
ㅤ食堂から繋がった窓際、見えるとここが開放的な空間なのがよくわかるが――、
「少し前までは怖かった、ここってブロックとかないじゃん、いざ壁やどこかにあたるまで、ここがどこだかすらろくにわからないこともあって」
「そういえばまだ
「転ばぬ先の、ってな。俺はその程度の弱者だし、弱者だってことを一生忘れられないと想う」
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