第7話 テティ先生の良い子の魔法講座 その2




 数日後、公爵家よりタンサン夫人は病死したと王宮に届け出があった。


「……公爵領ではここ十年あまり一年に二、三人ずつ、若い女が眠ったまま亡くなるという“眠り病”が流行っていたそうだ」


 宰相の執務室。いつものようにテティはグラムファフナーの膝の上に、マクシは大きな机の端に行儀悪く腰を下ろしていた。「病気ね」とグラムの話にマクシが腕を組み。


「一年に三人程度なら問題にもならなかったか」


 「そうだ」とグラムファフナーはうなずき「タンサン夫人の美容への情熱は有名な話だっただろう?」と続ける。


「ああ、あの若作りもな」


 しかし、それも十年前ぐらいから寄る年波には追いつかず、若い頃には大輪の薔薇のごとくと讃えられた容色が衰えてきたことに、本人は日々恐怖さえしていたという。

 鏡台の中の自分の顔を見て、周りを取り囲んだ美容メイド達に当たり散らす毎日。


 だが、ある日を境にその衰えがぴたりと止まり、むしろ昔の生気を取りもどしたように、あの年齢不詳の若さをほこるようになったという。


「それが娘達が眠り病とやらにかかりはじめた時期と一致するか?」


 「そうだ」とグラムファフナーがうなずく。テティが「黒魔術だね」と口を開く。「黒? 闇とは違うのか?」とマクシが訊ねれば。


「全然違う。闇は魔力の一つだよ。火・水・風・土の四大元素に光と闇をくわえて六つの力となす。

 光は神々の力だ。エルフに賢者も使える。闇はそこから生まれたる魔族の力。四大元素は大地から生まれた精霊や獣人が使う」


 すらすらとテティが語れば、マクシが感心したようにテティをまじまじと見る。


「なに?」

「いや、そういう口上を聞くとお前は賢者の弟子なんだな……とな」

「ダンダルフからは針仕事にクッキーの作り方まで教わったからね。そっちのほうが楽しいし一番役に立ってるけど」


 と大賢者の弟子としてはそれでいいのか? というひと言をテティは放ち。「マクシは獣人だから炎の力を使える」という言葉に狼の族長アルファは「ああ」とうなずく。

 獣人が人間よりも戦士として優れているのは、元から待つ魔力ゆえだ。


「グラムは半分魔族だし、元魔王だからその闇の力は強力だ」

「テティは光と風だな」


 そう語ったグラムファフナーにマクシが「風じゃないのか?」と訊ねれば。「光をまとった風だ」と返す。

 「光って神々の力って言っていたよな」とマクシはつぶやき、続けて口を開く。


「で、黒魔術ってのは?」


 「邪術だよ」とテティは答える。


「天と地のはざまに生まれた葦のごとき人間を哀れんだエルフは、彼らに魔術を教えた」

「俺でも知ってる創世神話の一節だな」

「そう、魔力があっても弱い人間は魔術を使う。呪文や杖などの魔道具を媒体にね。その力は自然界にある四大元素が源だ。火・水・風・土。それを白魔術という」


 「大魔法使いヴァルアザはその四つすべてを巧みに使った」とグラムファフナーが語れば「四つは人間としてすごいよね」とテティは緑葉の瞳を丸くする。


「黒はね、その自然の力じゃない。生き物の血や肉、魂を媒介として使うんだ。すなわち命を」


 「命にはそれ自体に大きな魔力があるからね」と語るテティにマクシは顔をしかめて「まさしく邪道だな」とうなる。


「それに他の命を奪えば奪うだけ、術者の魂も穢れることになる。真っ黒にね」

「だから黒魔術か?」

「そう。そんなことしていたら、その者は生き物の輪廻からはずれて、心も体もバケモノになってしまうよ」


 「黒魔術は大きな力を得る代わりに、その代償も大きい。だからタンサン夫人もあんな枯れ葉みたいな姿になっちゃったんだ」とテティはしっかりと夫人の名を口にする。


 どうでもいいことは覚えないテティだが、タンサン夫人の死はテティにとってはどうでもいいことではなくなった。

 タンサン夫人は己の美貌を保つために娘達の命を奪ったが、最後には彼女自身もその生気を吸い取られて殺されたのだ。


 さらに上の存在に。


 テティのもこもこの頭をグラムファフナーの大きな手が、いつものようになでてくれる。


 「よく魔術のことを知っている」とグラムファフナーが告げれば「お前だって詳しいんじゃないか?」というマクシの言葉にグラムファフナーは「いいや」と否定する。


「私が使うのは呪文も呪具もいらない闇の魔法だ。ややこしい呪文など無しで行使出来るからな。魔術を学ぶことなど必要なかった」

「たしかに俺も剣を振るえば炎は出るからな」

「テティだって呪文なんていらないけど、ダンダルフが知っておいて損はないって」


 「クッキーやケーキや服ならたくさん作ったけど、これは初めて役にたった」といまだ引きこもりの大賢者が今頃くしゃみしてそうなことをテティは言う。


「……でも、元の黒魔術師はまだいるんだよね」

「ああ、タンサン夫人が亡くなったというのに、被害者の女達は眠り続けているのが、その証拠だ」


 テティの言葉にグラムファフナーがうなずいた。





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