仲直りのスノーボール その1




 グラムファフナーの執務室。テティはいつものお膝の上で話を聞いていた。


「旅の初めの、私とマクシの仲は最悪だった」

「そうなの?」

「あいつは私を魔王として見ていたし、私も私で他者に命じることしか知らなかったからな。“仲間”などどう接したらいいのかわからなかった」


 その上に年長者? である大賢者があのいい加減さだ。若者達のギスギスした雰囲気を和ませるどころか、余計悪くするような無神経な言動も多かったという。


「その末に私とマクシで取っ組み合いのケンカになった」

「マクシはともかく、グラムまでなぐりあいしたの!?」


 テティは目を丸くする。元魔王のダークエルフはふふふ……と笑い、小さなクマのもこもこの頭を撫でる。


「二人のケンカを誰か止めなかったの?」

「もちろん勇者アルハイトに平和主義の神官サトリドが間に入ろうとしたさ。だが『こういうのはとことんやったほうがいいよね』とダンダルフが私達を閉鎖空間に放り込んだ」

「ダンダルフらしい。火を見るとすぐによく燃える薪を放り込みたがるんだから」


 「それでどうなったの?」となぐりあいをしたのははるか百年ほど前だけど、それでもグラムファフナーの白く端正な顔が心配になって、テティは彼の膝の上で立ち上がる。そしてちょうど同じ目線になったグラムの白い頬に、もこもこのお手々をぴたりと添える。


「当然、手も出る足も出る児戯のようなケンカとなった」


 同時にお互い本音を吐き出した。マクシは「お前なんて信用していない」「仲間だと認めてない」と。グラムファフナーは「信用などしなくてもいい」「認めなくても構わない」と。

 そしてグラムは言ったのだ。


「それでも私は父の意思を受け継ぐ。たった一人となっても、あの暗黒竜を倒してみせる。たとえ、私の魂さえ消滅することになっても!」


 血を吐くようなグラムファフナーの言葉に、マクシが拳を一瞬止めて、呆けたような顔となった。だが、次の瞬間、彼の顔に浮かんだのは再びの怒りだった。


「馬鹿野郎! あの闇の竜を倒すのは勇者と仲間達全員に決まっているだろうが! みんなで倒すんだよ! 


 自分一人でなんでも背負い込んでいい気になろうとしてるんじゃねぇ!」

 そのあとはマクシの罵詈雑言が続いた。さすが場数を踏んでいるだけあって、罵り言葉が豊富なことには感心したぐらいだ。グラムファフナーはそのあいだ無言で拳を振るい続けたが。


 しかし、言われっぱなしも頭にくるものだ。

 だから、マクシの言葉を真似してぼそりと告げてみたのだ。


「『この狼男のすっとこどっこい』とな」


 そのときの言葉をテティに告げると、グラムファフナーの膝の上に立っている小さなクマは、きょとんとしたあとに、お口にぱふりともこもこの両手を当てて、ふるふる震えて。

 それから、ぷーっと吹き出した。耐えきれないと笑い出す。


「グラムがすっとこどっこいなんて、それに言い方もなんかおかしいし」

「初めてきいた言葉なんだ。真似して発音がおかしくなることなんて、よくあるだろう?」


 そのときの言い方をグラムファフナーはしっかり再現してテティに聞かせたのだけど。

 ちなみにそれを訊いたマクシもまた吹き出した。「すっとこどっこい、元魔王のお上品なエルフがすっとこどっこい」と笑い出してケンカにならなくなった。


「そもそも『この耳長!』だの『ヘタレ元魔王のすっとこどっこい野郎!』だのと言ったのはあいつだぞ」

「グラムがすっとこどっこいって、やっぱりおかしいよ」


 小さなクマはお腹を抱えて、グラムファフナーの膝の上で笑い転げている。「今度は正確な発音で言ったぞ」と生真面目にグラムファフナーが言えば、それさえもおかしいとキャラキャラ笑う。

 そんな膝の小さなクマをグラムファフナーは優しい瞳で見つめて。


「それでお互いバカらしくなってな。肩をたたき合い笑いあって終わりだ」


 エルフと獣人の底なしの体力バカのケンカだ。そのおかげで旅の仲間達は、森の野営地で一日待機となった。「もう男の人ってすぐに暴力に訴えるから野蛮で嫌になるわ」と旅の仲間の唯一の紅一点、魔法使いのヴァルアザに嫌みを言われたのは言うまでもない。

 思えばそのケンカから、グラムファフナーとマクシはお互い歩み寄り少しずつ仲良くなっていったと思う。


「それで参考になったか?」

「殴り合えば仲良くなるの?」

「そうとも限らない。私とマクシの場合は上手くいったが却って悪化する場合がある。まして、今回は一対一でなくて集団だからな」


 マクシの赤狼騎士団の者達と、人間の騎士達の仲は相変わらずよくない。先の銀の森での衝突はないものの、王宮で出くわしても互いに挨拶せずに顔を背けてすれ違う有様だ。


 ヘンリックも先の銀の森への遠征で、二つの騎士団の仲の悪さに気づいて、テティに「どうしたらいい?」と相談された。

 テティも森でひとりで暮らしてきたから、仲直りの方法なんてよく知らない。グラムファフナーに話したら、こんな昔話が出てきた。


 「それに騎士団同士が私闘をして、怪我人が出たというのも風聞がよくない」とグラムファフナーが苦笑するのに、テティは腕をぽふりと組んで「ふむ……」と考える。


「怪我しなければいいんだよね?」

「多少の擦り傷程度なら、大目に見るがな」

「ヘンリックとの遊びで擦り傷なんてしょっちゅうだよ」

「それはお前ではなく“陛下が”だろう? 王宮の中庭の大木のてっぺんまで一緒に昇ったときは、女官長が泡を吹いていたぞ」


 元々は大人しい性格で良い子のヘンリックだったが、テティという遊び相手を得て、どんどんやんちゃな男の子になっている。

 いまでは小さな陛下と小さなクマが並んで肩を落として、女官長から怒られている光景は、王宮の微笑ましい? 風景だ。


「だから遊びならいいんでしょ?」

「どんなだ? 大の男達が鬼ごっこか?」

「それもいいけど……」


 テティは執務室の外から見える王宮の広い中庭を見て「いいこと考えた!」と執務室には誰もいないのに、グラムファフナーのエルフのとがった耳に、ぼそぼそと内緒話をする。

 聞くうちにグラムファフナーの口許にもおかしそうな微笑が浮かんだ。


「グラムも手伝ってくれる?」

「ああ、もちろん。いつやるんだ?」

「明日! 朝一番に庭が変わっていたら、みんな驚くよね」

「確かにな」


 小さなクロクマと宰相殿は顔を見合わせて、ふふ……と笑いあった。



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