第2話 わるものの末路はかっこ悪いもの その2




 「逆らうか!力もない幼君が!」とカウフマンがさけぶ。のみならず「ええい、そこの小憎らしい耳長のエルフを殺すどさくさに、この子供も殺してしまえ!」とんでもないことを口走る。


 テティは、星のロッドをぐんと伸ばして、それで床をついた。小川を渡るときの高飛びの要領で跳ぶ。軽い身体はくるくると回転して、小さな王様がいる玉座にぽふっと降り立った。


 凶悪な顔つきで少年に向かって剣を突き立てようとしていた男の顔をロッドで張り飛ばした。キラキラ舞い散るお星さまとともに、男は血反吐をまき散らしながら床に転がる。

 同時に突き出された複数の槍をはらい、飛びかかろうとした一人の胴をロッドの先でついてこれも階段の下に落とす。


「テティ、陛下を守ってくれ」

「わかった!」


 グラムファフナーにも周りを取り囲んだ兵士達が、剣で斬りかかり槍を突き出していた。あきらかに捕縛するつもりなどなく、殺す気がまんまんだ。


 彼のまわりにぼうっと黒炎の輪が広がり、爆発して兵士達を吹き飛ばす。グラムファフナーが長剣を手に、ずんずんと長い足で前に進むのは玉座にではなく、カウフマンにむかってだ。「ええい!優男のエルフとへんてこりんなクマになにを手間取っている。殺せ!殺せ!全員殺せ!」と焦ったようにくるくるカツラを振り乱して男がさけぶ。


 「たった一人と一匹だろう!」とカウフマンがさけぶ。


 たしかに広間いっぱいの兵士達に対して、たった二人……いや、一人と一匹?というべきか。普通なら彼らの劣勢はあきらかだが、今や完全に兵士達のほうが押されていた。

 玉座にいる小さな王様を守るテティは縦横無尽にロッドを振りまわし、お星さまをまき散らしながら、血反吐をはく兵士達を昏倒させ続けている。


 グラムファフナーは背後にゆらりとそのあふれる闇の魔力の黒い炎を起こしながら、カウフマンに向かい歩み続ける。立ちふさがる兵士達を吹き飛ばし、長剣でなぎはらいながら。

 立っている兵士達の数はまたたくまに半分となり、その倒れている仲間に足をとられて、すっ転ぶ者達が続出するという無様な有様となった。


 己の不利を見てとって、カウフマンが「ひけ!ひけ!ここは一旦ひくぞ!」と兵士達の壁に囲まれて、玉座の間から逃げようとするが。


「これだけのことを起こしておいて逃げ出すとは、往生際が悪いですぞ。大公閣下」

「ニーマン騎士団長!」


 その玉座の間に赤い甲冑姿で現れたのは、燃えるような赤毛の髪に琥珀色の瞳を持つ長身の男だった。その頭には髪色と同じ尖った耳。尻にはふさふさとした尻尾が揺れる。狼の獣人だ。

 騎士団長と呼びかけられた男の後ろには、赤銅色の甲冑に身を包んだ兵士達が整然と整列している。カウフマンを囲む兵士達が怯えたような声で「赤狼せきろう団だ」とざわめく。


 その言葉通り、彼らはいずれも兜を被らず、鉢金の赤い鉢巻きを長くなびかせた、頭に尖った耳を持つ狼の獣人達ばかりだった。


「騎士団長!貴様は北方に不穏な動きありと視察に旅立ったばかりではないか!命令に反して帰還するなど、懲罰会議ものだぞ!」

「王宮でこのような“反乱”が起こったと知らせを受ければ、戻ってあたりまえでしょう?」

「反乱、そうだ反乱だ!その叛逆者を捕らえろ!」


 この後におよんでなお、カウフマンはグラムファフナーを指さして大きな声をあげる。自分が先ほどまで小さな王様を殺せとわめいていた、立派な叛逆者のクセに。

 だが、テティは気付く。それを聞いていたのはカウフマンの兵士達と、自分にグラム、そして横にいる小さな王様だけだと。


 テティはそのもこもこの手を伸ばして、小さな王様の手を握りしめる。彼が自分を見るのにこくりとうなずくと、玉座で怯えて震えていた王様は、いまだ瞳は潤んでいるけれど、きりりと意思を宿した瞳で前を見て「宰相!」「ニーマン騎士団長!」と叫んだ。それに二人とも「はっ!」と胸に右手をあてて略儀だが礼の形をとる。


「宰相は叛逆者などではない。私を殺せといままで叫んでいた大公こそが叛逆者だ。捕らえよ!」


 小さな王様のひと言で、赤銅色の鎧をまとった狼の騎士達が動いた。カウフマンを捕縛するため彼を守る兵士達の周りを取り囲む。

 それに兵士達も抵抗しようと槍を向けたが、騎士団長が「無駄な抵抗はよせ」と呼びかける。


「俺達がここまで来たってことは、王宮の反乱はすっかり抑えたってことだ。

 それとも王国最強の赤狼団と戦ってみるか?お前ら傭兵は十分に先払いの金分の働きはしただろう?」


 その言葉に兵士達は次々と槍を放り投げて降参した。この王宮を一時的にのっとっていた兵士達のすべてがカウフマン大公の私兵。つまり傭兵だったとあとでテティは聞いた。


 守ってくれる兵がいなくなった大公は哀れだった。両腕を赤狼騎士二人に抱えられて、引きずられるように連行されていく。「ヘンリック、育ててやった恩を忘れたか!」と小さな王様に向かって捨て台詞をはくのに、小さな王様はつぶやいた。


「恩って……大叔父が僕にくれたのは時代遅れのくるくるのカツラでしょ……」


 それにプッ!とテティは吹き出してしまった。古い石造りの監獄に閉じこめられた大公が寒い寒いと震えているのに、王様がせめてものなさけと、カツラの下のつるつる頭の保護にたぬきの毛皮の帽子を贈ったのはあとのこと。


 こうして、カウフマン大公の“たった半日事変”は終わった。朝にグラムファフナーに毒を盛って、夕方に捕縛されるまでだから、半日以上ではあるが、こういうことはなにごとも敗者には厳しく情けなく、後世の歴史に伝えられるものだ。




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