第15話 まっくら闇の穴にすっとん その1




 穴をふさごうということになった。

 その前に結界も破らないといけないし、そのあとに巨大な蟻塚……じゃない、塔を壊さないといけないのに。


「なんで、仲間同士ケンカしてるの!」


 テティは激怒した。お花がたくさんついたひらひらエプロンに、おそろいのスカーフを頭にかぶって、手にはお花の形のフライパン。


 それでバコンバコンと目の前の獣人に人間の騎士達の頭をはたいてやった。ロッドじゃないのに飛び散るお花に、彼らは頭を抱えてテティの前にうずくまっている。

 手加減はしたから頭はお花のフライパンの形にめり込んでないし、血も流れていない。


 だってグラムファフナーとヘンリックの大切な兵士達でこれから作戦があるんだし、狼さん達はマクシの部下だ。


 銀の森の外の野営地にて。腕組みをした勇ましいポーズのテティを前に、怒られた男達はうなだれていた。お花のエプロンとスカーフがひらひらと風にゆれる。


 テティが騒ぎに気づいたときには「この犬ころが!」「俺達は狼だ! 人間が!」「なんだとこのけだもの!」とつかみ合いのケンカが始まっていたのだ。


 マクシの率いてきた赤狼団と元からいた城の騎士達の折り合いは前々から上手くいってなかった。勇者の仲間とはいえ、勇者王アルハイトの遺言のひと言でマクシが親衛隊長となり、赤狼団もまた王の親衛隊となった。

 いくら最強を謳われる騎士団とはいえ、今まで王宮に仕えてきた一般兵より矜持の高い騎士達が面白いはずもない。


 それでも城では、人間と獣人の騎士達は別々に訓練し接触もあまりなかったから、衝突もなかったのだが。

 今回の銀の森への討伐を共同で行うことで、ついに軋轢あつれきが表面上に出かかったところ。


 テティのお花のフライパンがうなる鉄拳制裁? で、彼らの争いを粉々にうちくだいた。


「君達、ヘンリックの騎士だよね? みんな仲間でお友達だよね? なんで、仲良く出来ないの?」


 可愛らしいクマさんのありがたい? 説教は、小さな子供に言い聞かせるような内容で、大の男の兵士達の心を物理でフライパンでたたかれた以上にこなごなにした。


「お腹空いているから、イライラするんだよ。お腹いっぱいになれば、怒っていたことなんて馬鹿らしくなるんだから」


 「お昼、お昼」とテティは野外用の魔法のかまどで、次々にふっくら分厚いお花のパンケーキを焼き上げた。それから人数が人数なので丁寧にいれてる余裕はないと、新鮮なミルクで茶葉を煮出したお茶を、金の大きなやかんでふるまった。


 お花の形のパンケーキはふわふわで分厚く一枚でお腹いっぱいになったし、おおざっぱに淹れられたお茶もおいしかった。


 でも、パンケーキを焼いたフライパンでぽこられた騎士達は、ちょっぴり複雑な心境でそのお花パンケーキを口にしたのだった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




「陛下、聖剣を」

「うん」


 グラムファフナーにうながされたヘンリックはうなずき、彼の手から自分の背丈ほどもある抜き身の聖剣を受け取って構えた。

 勇者の子孫とはいえ、小さな子供が重い剣を一人で構えたことに、周囲の人間、獣人の騎士達から「おお……」と感嘆の声があがる。


 実はそばにいるテティが見えない風の魔法で支えていたりするのだが、それはみんなには内緒だ。


 銀の森の中、土の塔の結界に向かい「やあっ!」と剣を振り下ろす。

 聖剣が結界に触れたとたん、びりびりと黒い稲妻の閃光が走り、ガシャンとガラスが砕けるような音が響く。


 剣をふり下ろし、肩で息をつくヘンリックをグラムファフナーが支えて、重い聖剣を受け取り鞘に収める。

 同時にマクシが結界へと数歩足を踏み入れて振り返りうなずく。今まで近づく者をはじいていた結界が破られた証拠だ。


 ここから先は幼い王ヘンリックはお留守番だ。当初は自分も行く! と少年らしい正義感で意地を張っていたヘンリックだったが、テティにきゅっと手を握られて「ヘンリックにはまだ無理だよ。君は賢いからわかってるでしょ?」と言われてショックを受けた顔をした。


「身体が大きくなればヘンリックは勇者のひいひいひい孫だもの。剣も魔法も強くなるに決まっているよ。そのときにはテティと一緒に冒険しようね」


 そう言われて「うん」とすぐに笑顔になったけれど。

 ヘンリックは大勢の王宮の騎士達に守られて、銀の森の外で待つことになっている。ここから先はテティにグラムファフナー、マクシの三人で行く。


「気をつけてね」

「ヘンリックこそ、騎士さん達の言うことよく聞いて、安全な場所にいてね!」


 手をふるヘンリックに、テティも手を振りかえして、先に立って銀の森をとてとて進む。ここは自分の庭同然だ。


 ふんふん鼻歌を歌いながら進むテティの姿は、初めてグラムファフナーに会ったときの姿。赤のケープに手にはお花がついたバスケットだ。

 「なんか緊張感ねぇなぁ」とぼやくマクシをテティは緑葉の瞳でギロリとにらむ。


「じゃあ、マクシにはおやつにもってきたマドレーヌあげない~」

「それはないだろう。お前の菓子は甘ったるすぎなくて、うまいから食えるんだよ」

「ほめてくれたから、ひとつあげる」

「おう、ありがとうな」


 「やっぱりうまいな」と一口でマクシはそれを食べてしまう。「グラムもどうぞ」とテティがお花のバスケットから一つ取り出して手渡す。

 「ありがとう」と口にすれば、優しい味がした。マクシもグラムファフナーも本来菓子は好まず、それより酒……なのだが、テティの菓子は王宮の料理人や王都で一番の店のものより、おいしいと思う。


 テティももぐもぐとマドレーヌを口にしながら「うまくいって良かったね」と言う。先ほど、ヘンリックが聖剣でここの結界を破ったことだ。

 あれはヘンリックの力ではない。まだ幼い彼には、祖父である勇者王の聖剣を本来なら、持ち上げることも出来ない。


 それでテティの風の魔法の補助で剣を支えて、結界はグラムファフナーが放った闇の閃光で打ち破ったのだが。


 ヘンリックもこのことに気づいていない。あの幼い王子には演技など出来ないだろうし、そんな嘘などつかせて負担などかけたくない。

 だから、勇者の血を引く陛下には聖剣で結界を破ることが出来ると、グラムファフナーが暗示をかけるように言い聞かせて、ただ出来ると信じこませた。


 見ていた騎士達はヘンリックが聖剣を振り上げ、結界を破ったと見えただろう。

 いくら勇者王の正統なる子孫とはいえ、幼い王に不安の声がない訳ではないのだ。だが、これで彼が紛れもなく勇者王の力を受け継ぐものであると、人々は讃えるだろう。


 ヘンリック本人や民を騙す形ではあるが、それでも勇者の国を受け継ぐ王として、そのような“伝説”は必要だ。


 森の中を歩いて一刻ほど、テティ達は今は王宮にあるテティの家の“裏庭”に到着した。


「もう、こんな形のいびつな塔なんか建てちゃって、まったく、綺麗じゃないし可愛くない!」


 テティはかわいいもの、美しいものが好きだ。だからグラムファフナーの顔は大好きなんだけど……ともかく、土のぶかっこうな固まりなど、自分のお庭である銀の森にはまったく似つかわしくない。


 そもそもここには木イチゴが群生する天然のジャム畑だったのだ。それをこんな粘土の固まりで押しつぶすなど。


「もうっ! 魔法ですぐに再生させるけど、その前にこのおっきいの片付けるのが手間っ!」


 腹立ち紛れにテティは星のロッドで殴りつけた。

 するとぼこっと音がして、ぽっかり穴が空いた。


 その穴から中にいた、いかにも蛙っぽいのっぺりした顔のローブを着た男がぎょっとした表情で固まっている。ゲバブの仲間の毒蛙一族の一人だろう。

 とっさにローブの懐に手をやって、そいつは丸い玉を投げつけてきた。


「テティそれは毒玉だ! 毒蛙の魔道士達が得意とする……」


 グラムファフナーの注意の言葉が終わる前に、空いた土の穴から飛び出した玉がぽわんと爆発して、あきらかに怪しい紫の煙が吹き出す。

 が、テティはくるくるとロッドを回して、つむじ風を巻き起こし、その紫の煙を再び穴の中へと押し込んだ。


 とたん、わぁわぁと開いた穴から、複数の者達が騒ぐ声がする。「毒玉を室内で爆発させた奴は誰だ!」なんてさけび声も聞こえた。

 テティはくるりとグラムファフナーを振り返った。


「毒蛙って自分の毒でもやられるの?」

「あれは奴らの毒を百倍に濃縮したものだからな。もっとも耐性はあるから、多少の目眩に、止まらない涙に鼻水にくしゃみぐらいだろうが」


 そのグラムファフナーの言葉どおり、なかからはさかんにへっくしょん! という音が。


「それとこの壁、めちゃめちゃ薄いみたい」


 テティが今度は弱めにぺこりとたたいても、ぽこりと小さな穴が空く。「おい、中から毒の煙が漏れるだろう」とマクシが言ったが、それはテティがちょいちょいとそよ風を起こして押し込んだ。




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