第14話 百年たってもお友達 その2
「うん、すんごい深い穴。うっかり落ちたら真っ暗闇に吸い込まれて、二度と出て来られないってダンダルフが言っていたな」
「それは闇に通じているということか?」
銀の森は魔王の城があった場所であり、そこは魔界に……闇の卵にも通じていた。
卵から闇の竜は誕生し、竜は勇者達によって倒された。しかし、闇は不滅だと、あのふざけた賢者は、竜が消えたあとに珍しくも真面目な顔で、旅の仲間達に告げた。
この世界は元は闇だった。その闇を引き裂いて光が生まれ、空と大地が、エルフに獣人、最後に人が生まれた。
そして引き裂かれた闇のかけらから魔族が……。
「……そういえば、ダンダルフが虹の海の向こうに部屋ごと消えてから、テティがずっと毎日“おまじない”していたんだよね」
「おまじない?」とグラムファフナーが訊ねれば「うん」とテティはうなずいて。
「そうしないと、真っ暗深い穴から怖いお化けが出てきちゃうって」
「…………」
グラムファフナーは一瞬沈黙し、そしてテティに訊ねた。
「その“おまじない”をしないとどうなるのだ?」
「言ったでしょ? お化けが出てきちゃうって」
「……テティがこの城にやってきて、かれこれ半月だな」
「うん、おまじないの効力はとっくに失せちゃってるね。
本当は銀の森にちょくちょく行っておまじないしなきゃいけなかったんだけど、このお城には大好きなグラムもヘンリックもいるし、アイスクリームも美味しいしね」
いいながらテティは卵のアイスをひとすくいして、ばくりと食べて「おいしい」とほわほわ微笑む。そこに「俺はどうなんだ?」マクシが訊けば「あ、マクシもいたね」と返す。「俺はオマケかよ!」と赤狼隊の団長はふてくされているが。
テティが銀の森に帰れなかったのは、ヘンリックが引き留め続けたからだ。しかし、テティはひと言もそれを口にしないで“みんな大好き”で“アイスクリームがおいしい”ですませてしまった。
「ゲバブの目的はそれか。闇の穴から力を得ようなどと、一度肉体を失ったというのに懲りない奴だ」
「なに結局、今回の事件はその人騒がせな子のせいってことじゃないの!?」
グラムファフナーの言葉に、ここぞとばかり尖った声をあげたのはシビルだ。それにグラムファフナーが「早急に対処すればすぐに治まる案件だろう」と返せば。
「そんなに簡単に出来るならば、そちらで片付けて頂戴。あなたの管轄の魔族が起こした騒動と、その子が“穴”とやらを管理しなかった責任ですからね」
そう言い捨てて、一方的に通信をきってしまった。「丸投げかよ」と文句を言うマクシと、姿が消えてしまった隣の椅子を見て、オロオロとした様子の大神官長モロドワが「宰相殿」とおずおずと言う。
「土の塔の討伐ということでしたら、こらちからも神官を出したほうがよろしいでしょうか?」
「いえ、明日からも討伐の準備にとりかかります。お気持ちだけありがたく受け取っておきましょう」
そのグラムファフナーの答えに、モロドワはあきらかにホッとした顔となって、「まことに残念です。また、なにか助けが必要でしたから、お手伝いいたしますので」と差し障りのない言葉を口にする。
シビルが一方的に通信をきってしまったことで、緊急の円卓会議は散会となった。
モロドワの姿が消えたのを見て、マクシが口を開く。
「あの妙に矜持ばっかり高い学園長も学園長だけどな。仮にも大神官長と呼ばれている男が、あの優柔不断はどうなんだよ?」
「モロドワ殿は争いごとの嫌いな穏やかな方だからな。大神殿の運営も色々と大変なのだろう」
「上に立つ者は全員に良い顔なんて出来ないし、みんな仲良くなんてやり方は、結局は全員が不満をもって、身動きが取れなくなるもんだぜ」
実際、モロドワの優柔不断のせいで大神殿の各派閥の争いが激化しており、こちらに神官を派遣するにしても、どこが出るかで揉めて時間がかかるのが現状だったのだ。
だから、グラムファフナーの断りに明らかにホッとした。それが態度に出るのも大神官長の器としてどうか? というところだが。
「結局、どっちも人を出せないってことだろう? かつての勇者の仲間だった、聖神官サトリドと大魔法使いヴァルアザが訊いたら、常世の国でなげくってもんだぜ」
「人は変わる。それに彼らはかつての勇者の仲間とは違う人間だ。まして百年前の旅の仲間の絆など、人の短い生からすれば、何代も前の大昔の話だ」
「まあ、俺達と人間では時間の感覚が違うってのもわかるけどな。久々に王宮にやって来て見りゃ、似たような顔はあるが全員その当人じゃないもんな」
エルフであり魔族であるグラムファフナーと、獣人の
彼らにとってはたかが百年でも、人にとっては長い百年なのだ……と、マクシがらしくもなくふう……とため息をつけば。
「僕のせいなのかな?」
「陛下?」
ヘンリックがうつむき暗い顔でつぶやく。
「僕がグランパじゃなくて頼りないから、みんな力を貸してくれないのかな? グランパだったら、大神官長も学園長もきっと、宰相達と仲良くしてくれたよね?」
「僕がいるよ」
そう言ったのはテティだ。テティはぴょんとグラムファフナーの膝から飛び降りて、ととと……ヘンリックの席に駆け寄ると、小さな王様の手をもふもふの両手できゅっと握りしめる。
「僕はヘンリックの仲間だ。僕はずっとヘンリックの友達だよ!」
「でも、僕がテティをお城に引き留めたから、毎日のおまじないが出来なかったんだよね?」
「大丈夫。穴はふさいじゃえばいいから」
「ダンダルフも面倒くさくなったら埋めちゃっていいって言っていたしね」とテティは言う。「そうなんだぁ」とヘンリックも安心したように笑顔となり、二人は両手を握りしめあって、きゃっきゃっと笑う。
「そんな簡単にふさげるのかよ」とマクシは呆れたように言うが、その口許は、だまって二人を見守るグラムファフナーと同じく微笑んでいた。
勇者王アルハイトの意思を継いで、円卓の仲間達は魔族でも獣人でも人間でもすべて友だと言った小さな王と、そして、その王が初めての仲間に選んだ小さなクマと。
おそらく彼らの友情は今は亡きアルハイトとマクシとグラムファフナーのように、永遠に変わることはないだろう。
「それでも変わらないものは確かにここにあるな」とつぶやいたマクシにグラムファフナーも無言でうなずいたのだった。
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