第14話 百年たってもお友達 その1
最初の銀の森の異変に気づいたのは、カウフマン“だったもの”の追跡を続けていた赤狼隊の者達だ。
黎明前の薄暗い中。それでも夜目の利く獣人達の目には、はっきりと見えた。
森の中央からメリメリと盛り上がっていく、巨大な蟻塚のような土の塔を。
確認しようと森に分け入り近寄ろうとしたが、ある半径で見えない結界のような壁に阻まれて、それ以上踏み入れられなかった。
今、その蟻塚のような巨大な塔の姿は、魔法の鏡に映しだされて、円卓の中央に浮かびあがっていた。
銀の森の異変を受けて、緊急の円卓会議が招集された。顔ぶれはこのあいだの定例会と変わらず、小さな王様ヘンリックに、テティにグラムファフナー、マクシ、そして大神殿からはモロドワ、魔法学園からはシビル。
魔法通信で椅子に透ける姿で現れたシビルは、テティの姿を見るなり、ぴくりとその赤いローブの痩身を震わせたが無言だった。
「魔の森に現れた塔に張られた強力な結界は、ゲバブ一人で張れるものではない。おそらく毒蛙の魔道士達の生き残りの協力があるに違いない」
魔界崩壊後、北限の領地である氷の城と、残った魔界の黄昏の地をつなげて、領主として治めているグラムファフナーだが、すべての魔族が彼に従った訳ではなかった。
彼を裏切り者として敵視し、崩壊し魔族でも苦労するだろう、砂漠や荒れ野に暮らす種族はいるのだという。とくにゲバブの毒蛙の一族はグラムファフナーを敵視していると。
「結局、
相変わらずシビルのグラムファフナーに対する当たりは厳しい。それにマクシが「グラムファフナーが宰相になったのは、勇者王アルハイトの頼みだ」と反論するのもいつもの光景だ。
「だいたいこの百年、いくつもの陰謀やら、叛乱を未然に防いできたのはグラムファフナーだぞ。あんたたち魔法学園は魔族のことだと手助けもしないで、円卓会議の報告で文句を言うばかりだ」
「そして、獣人の
「なんだと!?」
マクシが激高して椅子を蹴るようにして立ち上がる。
勇者によって魔王が倒される以前、獣人もまた人間達から魔族の一員だと差別される風潮にあった。しかし、それも勇者の仲間である赤狼マクシの名が広まり、獣人に対する偏見はなくなったはずだった。
「魔法学園長シビル」
意外にもこれに声を発したのはヘンリックだった。小さな王は真っ直ぐにシビルを見て。
「今の言葉は、勇者王アルハイトが最初に発した
それは、すべての人間、獣人、魔族は憎しみを捨て、争いをやめ、これからは手を取り合って友好と平和に努めようとのものだった。
理想主義といえるだろう。それでも勇者王は百年近くの御代において、すべての種族に対して平等な王であり続けようとした。
そして、ひいひいひい孫である小さな王も。
「このテーブルを丸くしたのも、グランパの考えだ。グランパは僕に繰り返し話してくれたよ。
自分は王ではあるが、共に戦った“仲間”とはずっと友達だからって」
円卓の顔はグラムファフナーとマクシは代わらなかったが、神殿と魔法学園の顔は変わった。しかし、アルハイトは彼らにも変わることなく“友”として接した。
「シビル、今の言葉、この円卓を囲む仲間として酷いよね?」
「陛下、申し訳ございません」
「僕じゃないよ。マクシに謝って」
ヘンリックの言葉にシビルは一瞬、
この矜持の高い学園長からすれば、王であるヘンリックならばともかく、対等である獣人の族長に頭を下げるのは抵抗があるのだろう。
が、遠い学園長室に座る彼女は、自分の大きな机にあった、鉛製の重いインク壺がふわりと浮き上がったのに「ヒッ!」と小さな悲鳴をあげる。
見ればあのときのように緑葉の瞳を光らせてこちらをじっと見る、あの黒い悪魔、もとい、黒い小さなクマがいた。
幸い? にもクマはすでにグラムファフナーの膝にのせられて、頭をなでなでされている。そして「食べなさい」と本日の宮廷料理人の甘い一品。羽うさぎの巣ごもりアイスが目の前にあった。
本物の巣のような飴細工に、卵に見立てた渦巻き模様やブチ模様のアイスが乗っている。テティはそれにすぐに気をとられて、銀のスプーンを握りしめて一口食べて「おいしい!」と夢中になる。
「マクシ・ヴィルケ・ニーマン。今の発言は不適切でした。謝罪します」
「その謝罪受け入れよう」
マクシらしくもない慇懃無礼な言い方だった。口から飛び出した言葉は戻らないし、こういう言動をするということは常日頃から、彼女は獣人に対してそういう考えをもっているということだ。
「そ、それで銀の森に突如できた塔とは一体?」
話題を変えるようにモロドワ大神官長が口を開く。とって付けたような言い方ではあるが、実際今回の議題ではあるので「意図は不明だ」とグラムファフナーが返す。
「肉体は闇の竜に吸い取られ、魂だけとなったゲバブは、人の心の闇を渡り歩いていたのだろう」
それが百年という歳月で力を蓄えて、とうとう生身の肉体を乗っ取るまでに成長した。
「そして時期が悪いことに勇者王アルハイトの崩御に重なり、カウフマンを操り、私を暗殺しようとした」
ゲバブのもくろみとしては、カウフマンにその後成り代わり、国を思うがままに操ろうとしたのだろうが、テティという予期しない存在によって、すべてがひっくり返されてしまった。
「それで奴の矛先は今度はヘンリック陛下に向けられたのだろう。勇者の血筋を断とうと襲撃し、それも失敗すると、銀の森にあのような結界を張って立てこもった」
土の塔の中にはゲバブだけでなく、他の毒蛙の魔道士達もいて、結界を張り続けているのだろうとグラムファフナーは推測する。
「それで銀の森に、あんな不気味で巨大な虫の巣もどきを作って“元魔王の側近”はなにしているの?」
元魔王とは名指しではないが、シビルが相変わらず嫌みな口調でグラムファフナーをちくりとやる。それも“側近”ときたものだ。しかし、グラムファナーは表情を変えずに「それが不明だ」と返す。
「誰もが侵入出来ぬ強力な結界を張ったということは、奴がしたいのは時間稼ぎだろう」
「本当に意味がわからねぇなあ。不格好な土の塔を作ったところで、銀の森に建っていた巨大な魔王城の代わりにもならないだろう」
銀の森は魔王の城があった場所だ。魔王たるグラムファフナーが、その膨大な魔力で一夜にして岩を盛り上げてつくりあげた居城。
闇の繭とつながっていた魔王だからこそ、出来たことだが、それにしても、かつての魔王城と、円卓の中央の土の塔では比べものにならないことは確かだ。
「あれで魔王の復活でございと気取っているなら失笑ものだぞ。だいたい、ほとんどの魔族の奴らはいまのグラムファフナーを支持してる。今さらの戦乱なんて望んでいないだろうよ」
マクシの言う通り、生き残った魔族の数はいまだ少なく。そしてこの百年、闘争のない世の中というのを魔族達は初めて知った。いくつかの小さな陰謀はあったものの、それは未然に防がれて、現在はグラムファフナーの穏やかな統治に満足しているものがほとんどだ。
だから王城からそう遠くもない、銀の森にあんなものを作っても、それこそ掘っ立て小屋を建てて、そこが反乱軍の基地だとむなしく叫んでいるようなものなのだ。呼応するような魔族はまず居ないだろう。
しかし、そこに強力な結界が張られていることが気になるが。
唐突にテティが「あ!」と声をあげた。シビルは椅子から飛び上がるほど動揺し、グラムファフナーが「どうした?」と膝にいる小さなクマの頭をなでる。
「あの土の塔がある場所って、テティの家が建っていた裏庭なんだよね」
その家は現在お空を飛んでこの城にやってきて、王宮の庭に建っている。
テティがぷうと頬をふくらませる。
「あそこはすごい美味しい木イチゴが採れるのに、あんなの作っちゃって」
「裏庭には穴が空いているからちょっと気をつけないといけないけど」と続けたテティにグラムファフナーが「穴?」と訊ねた。
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