第15話 まっくら闇の穴にすっとん その2
「おそらく結界にほとんどの魔力を使ったのだろう。この土の塔は外見だけのこけおどしで、城塞のような堅牢さはなさそうだ」
「格好だけつけたってことか? どろんこ遊びなんて、雨が降りゃすぐ崩れるぞ」
グラムファフナーの言葉にマクシが返し、肩をすくめる。
そんなマクシにグラムファフナーは「出番だ」と微笑する。
「王宮暮らしで腕が鈍りそうだとぼやいていただろう? ここらで
「ぶっ壊したとたん、毒の煙が舞い上がりました。じゃ話にならないぜ」
「そこはテティがなんとかしてくれる」
グラムファフナーが横をみれば、テティもこくりとうなずく。
「毒で森のお花が枯れたら可哀想だからね。風で空高く飛ばして散らしちゃうから大丈夫」
「よっしゃ!」
そう叫んでマクシは背の緋色の大剣を引き抜くとふりかぶって、蟻塚のような土の塔の根元を真横にすっぱりと斬った。
その大きさは数千年生きる巨木ごとき太さであったが、テティの言葉どおり壁は薄く、マクシの起こす大剣の衝撃波にあっさり崩れた。
とたん斬られたところから吹き出しかけた紫の煙はテティが起こした風でぐるぐると空へと巻き上げられて拡散される。
根元を切られてゆっくり倒れていく塔。いくら壁が薄くとも森の木々が多少なりとも傷つくかと思われたが、それもグラムファフナーが呼んだ闇の雷がてっぺんに落ちて、粉々に砕け散ってばらばらと落ちていく。
「これぞ天罰だな」とマクシが跡形も無くなった塔の跡地を見て言う。周囲には灰色のローブ姿の毒蛙の魔道士達が倒れ伏していた。
自分達の毒玉にやられた訳でなく、グラムファフナーが放った闇の紫電によって感電し、一時的に無力化されているのだ。
外見は大きな塔に見えたが、中は空洞の単なる平屋建て? だったらしい。倒れている毒蛙達の向こう、数歩もいかないうちに地面に空いた黒い穴にへばりついている、ひときわ大きな丸い身体があった。
「おのれおのれ、一度ならず二度までも、いまいましい勇者の仲間と魔王のなり損ないめ……」
もはやその身体は、人間であるカウフマンの面影はない。穴から吹き出る闇の力を吸い取り続けて、ますますまん丸にふくれあがり、皮膚の色も人のものではなく灰色で、ぬめぬめと光りイボイボがところどころに浮かんでいた。
「しかし、闇の力を取り込んだワシはもはや無敵! ぎゃあ!」
「ふはははは!」と偉そうに笑いかけたところを、テティの星のロッドで頭をボコられて、悲鳴をあげる。
「いきなり殴る奴があるか! しつけのなってないガキめ!」
わめくゲバブなどテティはまったく気にかけず、自分の星のロッドを見て「汚れちゃった」と顔をしかめる。「かしてみなさい」とグラムファフナーが緑の液体で汚れたお星さまの先を、自分の手の平に浮かべた闇の炎であぶって綺麗にしてやれば、「ピカピカ!」と喜ぶ。
「お前らワシの話を聞いているのか!」
「聞いてないよ」「聞く必要があるのか?」と答えたテティとグラムファフナーに「いや、ちっとは聞いてやろうぜ」とマクシが苦笑する。
「それより、頭に穴が空いているよ」
「貴様がやったんだろうがぁ! ああ、ワシの力がぁ、穴から漏れてる!」
その言葉どおり、テティのぽこった頭からしゅうしゅうと真っ黒な煙が出て、後ろの底が見えない暗黒の大穴に吸い込まれている。
「ワシの、ワシの力がぁ!」
まるで百年前の再現のごとく、ふくれた灰色のカエル魔人の身体はみるみる縮まっていき、しわしわの皮になる。
最後のその皮はぺたりと床に崩れてそれさえも、穴にずるずると回収されていく。
半透明の小さな何かが飛んで行こうとしたが「逃がすか!」とグラムファフナーが空中から鉛製の小さな鳥かごを取り出す。逃げようとするゲバブの魂は吸い込まれてガチャンと閉じこめられた。
「出せ!」とわめく魂を鳥かごごと、また自分の
テティは「こんなに大きくなってる」と底なしの暗闇空間の穴のそばによって「小さくな~れ」と星のロッドを左右に振れば、キラキラきらめくお星さまを穴は吸い込んで、池ほどの大きさだったそれが、みるみる小さな水たまりほどになる。
「そんな簡単なまじないでいいのかよ」とマクシが聞けばテティは「うん、毎朝これだけ」と振り返る。
「ゴミ捨てのついでにね。この穴なんでも吸い込むから」
「その危ない穴がゴミ箱かよ!」とあきれるマクシ。グラムファフナーはあごに手をあててしばし考えて、気になったことをテティに聞く。
「ゲバブの奴がそれから吸い出した力も、またそれに戻っていったな。これもテティの“おまじない”か?」
今は小さくなった穴からはグラムファフナーには覚えがある闇の繭(まゆ)の気配がした。あの魔界の人々の負の感情を吸い込んで蓄え続けた闇と同じ。
それをテティは操ることが出来るのか?
「うん、テティが生まれた朝に、この穴も出来たってダンダルフは言ってたよ。
だけどテティの楽しかったこと嬉しかったことのキラキラした気持ちを穴に落とせば、穴はそれ以上大きくならないって……」
だからテティはダンダルフからもらって食べた、星のキャンデーの甘さ。そのとき感じた驚きと嬉しさを、そのままの星の形にして穴へと落とした。
それが初まり。
そのとき同時にダンダルフは言った。
「テティ、この穴を“永遠”に塞ぎたくなったら、そのときはね」
思い出した。
すっごい大切なこと。
なんで、いままで忘れていたんだろう……。
「テティ?」
言葉が途切れ穴をのぞき込んだまま動かなくなったテティの小さな黒いもこもこの背中に、グラムファフナーが不安げに呼びかける。
テティはくるりと振り返って、大好きなエルフを見た。闇色の髪、闇色の瞳、月の光のような白い肌。自分を抱きしめてくれた長い腕に、あたたかな膝。
そのすべてを忘れないように。
「グラム、今はもう寂しくない?」
唐突なテティの問いに、だけどグラムファフナーは優しく微笑んで「ああ」とうなずく。
「寂しくないな、それは……」
「よかった」
テティは笑う。笑って言った。
「じゃあ、お別れだね」
なにか言いかけていたグラムファフナーの表情が「テティ?」とこわばる。
「僕もすごくすごく楽しかった、うれしかった。グラムと会えてよかった」
テティが背を向ける小さな深淵からぬうっと闇色の手が幾本も伸びた。それが小さなクマの毛皮をはぎ取れば、たちまち露わになる月色の髪に少年の白いしなやかな身体。
「ずっと一緒にいたかった……」
「テティ!」
「来ちゃダメ!」
グラムファフナーが駆け寄ろうとすれば、巨大な竜巻がテティの周囲に発生し、グラムファフナーとそしてマクシも、倒れていた毒蛙の魔道士達も巻き込んでさらって、森の外へと連れていく。
「さようなら、グラム」
テティは伸びてきた闇の手に逆らわずに穴の中に引き込まれた。
ダンダルフが言った。
「穴を永遠に塞ぎたかったらね、テティがこの中にすっとんと落ちればいいんだよ」
そのとおり地面にあった穴は消えて、あとはなんの変哲もない地面となった。
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