第2話 お屋敷の人々 その1



 宰相の執務室。テティはいつものようにグラムファフナーのお膝の上。そして、大きな執務机の向こうには、赤狼騎士団長マクシが立っている。


 マクシもまた勇者王アルハイトの旅の仲間で、狼の獣人の族長アルファであるから、見かけ通りの年齢ではなく百歳は超えている。グラムファフナーと同じく、二十代後半ぐらいの青年の外見をした、燃える赤毛に琥珀の金目、なめし革のような光沢ある褐色の肌に、長身のたくましい剣士だ。


 いつもなら二人のやりとりをただ聞いているだけ……ときどきマクシにツッコんだりするけど……のテティだけど、本日の議題? には自分も含まれていた。


 王国の創立祭だ。この日は王都だけでなく、地方の町々や村々まで、王の名で祭のための下賜金が配られ、国中で盛大に祝われるのだという。

 そして、夜には当然王宮で舞踏会が開かれる。


「『あの月色の方もご参加されるのでしょうね? 』とこの為にわざわざ王宮にやってきたのだろう、タンサン公爵夫人に声をかけられたぞ」


 グラムファフナーが言えば「旧王族のうるさがたのばあさんじゃねぇか」とマクシが顔をしかめる。


 グランドーラ王国の前にあった王国の名はドーラ王国という。勇者王アルハイトは、そのドーラ王国王家の生き残りである王女グランディア姫を娶り、最愛の人の名と以前の王国の名を合わせて、グランドーラとした。

 タンサン公爵家はそのドーラ王国時代から続く名門であった。そして、このあいだのグラムファフナーとマクシのお見合い舞踏会を画策したのが、その公爵夫人だ。


「つまりなんだ、あのばあさんがわざわざ、月色の君をご指名ってことは、このあいだの舞踏会で飛び入りの姫君に本命の宰相様をかっ攫われたから、そうとうお冠なわけだ。

 なにがなんでも月色の君を引っぱり出して恥をかかせて泣かせて、二度と社交界なんかに顔を出させないようにしたいって魂胆だろうな。陰湿な貴族様らしい」

「……それどういうこと?」


 テティはグラムファフナーのお膝できょとんとしてしまった。月色の君というのが、自分だというのはわかる。お城の舞踏会がまた開かれるというのも。


 だけど、そこで泣かせるなんて……。


「舞踏会って武道会でもあるの? テティはその意地悪なおばあさんを倒せばいいのかな?」

「やめてくれ、お前がお星さまのロッドでポコったら、相手が死んじまう」

「悪者なら倒してよくない?」

「よくない!!」


 さけんだマクシは執務机に置いてあった菓子の器に手を伸ばして、木の葉のパイをとってばりばりと食べた。もちろんテティが魔法のオーブンで焼いた手製で、グラムファフナーも好きな菓子だ。


「なにか理由をつけて欠席というわけにはいかないか」


 グラムファフナーが憂い顔で口を開けば、マクシが肩をすくめて首を振る。


「断れば、それで終わりってわけじゃないだろう? あいつらしつこいからな。かならず次の舞踏会に……ってことになる」

「そう何度も断り続けるわけにもいかないな」


 「多少は貴族達のご機嫌取りはしなければならん」とグラムファフナーが苦笑する。「私だけ舞踏会に出ても、奴らの目当てはテティだ」と続けた。


「グラムがテティ以外の人と踊るなんてダメなんだからね」


 テティが馬の形をしたサブレの頭にかじりついて、ぷんぷん怒る。「わかってる」とグラムファフナーが膝の上の小さなクロクマのもこもこの頭をなでる。


「テティ、舞踏会に出るよ。今度はグラムにもらった靴もはいて、三日月の形の髪飾りもつけて」

「簡単に言うけどなあ。お前、なに言われてもそいつの頭を例の凶器……じゃねぇ、お星さまのロッドでボコるなよ」

「え~ダメなの!?」

「ダメに決まっているだろう!」


 はあ……と意外と苦労人というか、この三人となるとなぜか常識派? の役割となるマクシが肩で息をついて、グラムファフナーをにらみつける。


「おい、自分の妻を教育するのが、旦那のあんたの役目だろうが!」


 「グラムが旦那様で僕が奥さん?」とこれだけは理解が早いテティが、もこもこのお手々を、これまたもふもふのほっぺにあてがって、もじもじ照れている。そんなお膝の上のくまさんの頭をグラムファフナーが変わらず優しく撫でながら「そうだな」とうなずく。


「仕度のためにテティと共にしばらく屋敷に戻るか」

「え? グラムのお屋敷?」


 この国の宰相であるグラムファフナーは王宮に部屋を賜ってそこで暮らしている。ヘンリックの仲間であるテティも同じくだ。

 テティの部屋はあることはあるが、夜はグラムファフナーのところにいって、一緒に“ねんね”してるけど。


「ああ王都の郊外に私の屋敷がある。いくか?」

「うん! 楽しみ」


 テティはこくりと元気にうなずいたのだった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 北の領主の紋がついた黒塗りの、二頭立ての立派な馬車に乗って、王宮から王都の大通りを通り抜けるあいだもテティはワクワクしていた。

 馬車に乗るのも初めてであるから、グラムファフナーのお膝の上、テティは身を乗り出すようにして、窓の外の王都の風景を眺めていた。


「いろんなお店屋さんがあるね」

「そうだな。行ってみたいか?」

「うんでも……」


 さすがのテティでもみんな知ってる王宮はともかく、街でクマの姿で歩いたら騒ぎになることはわかる。

 それに……。


「グラムと二人で街を歩いてみたいな」


 もう一つの姿なら騒がれないかな? とテティは思う。二人で王都のお店をのぞいて、街を歩いたら楽しいだろうな……と。


「そうだな。また行こうか?」

「うん」


 グラムファフナーもテティの言いたいことがわかってくれたらしい。微笑を浮かべる彼に、テティも「ふふ……」と笑ったのだった。





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