第2話 お屋敷の人々 その2




 グラムファフナーの屋敷は、王宮ほど大きくないが、立派なものだった。大きな門を通り過ぎると石畳の広場に正面に噴水がある大きな車寄せ。


 テティが噴水とその泉を見て「水浴びしたら気持ち良さそう」と思わす漏らしたら、グラムファフナーがお膝のクマちゃんを向かい合わせに抱き直して、その緑葉の瞳をじっと見つめて口を開く。


「さすがに屋敷の正面玄関の噴水で水浴びはしないように。お前の裸を屋敷の者に見せる趣味はないからな」

「うん」


 言い聞かせる様に言われて、たしかにグラムファフナー以外に、毛皮を脱いだ裸を見られるのはなんかヤダ……とテティは納得してこくりとうなずく。


 そのまま彼の片手に抱きあげられて、馬車を降りた。本日のテティはグラムファフナーの御屋敷を訪ねるということで、白いレースのケープをまとっていた。テティとしてはちょっとしたおめかしだ。


 屋敷に入ると、半円の大階段が左右に見える大きなホールに、ずらりと並んだ使用人達が「お帰りなさいませ、旦那様」と一斉に声をあげて礼をする。

 その彼らをテティはまじまじと見た。ちょっと見、人間に見えるけど、彼らはいずれも魔族だ。グラムファフナーが北の氷の領主で、元魔王なのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれない。


 白い髪に白い立派な髭のおじいさんを紹介された。彼のこの屋敷の執事バトラーだという。その名前もバトラーというから、わかりやすくていいと思った。

 一見人間に見えるおじいさんの頭には、普通の人には見えない角がテティの目にはしっかり見えていたけど。


 それから次に紹介されたのは、メイド服を着ていない、ドレス姿の外見はグラムファフナーと同じぐらいの年齢の美人だ。名はランダという。

 彼女もまた人間の女の人となんら変わりはないけれど、ひと目でテティにはわかった。


「魔女だ」

「さすが、大賢者ダンダルフのお弟子さんだけありますわね。一目でわたくしの正体を見抜くなんて」


 彼女は紫がかった赤い紅の唇をつり上げてクスリと笑った。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 場所は二階の居間に場所を移して、大きな暖炉の前には大きなソファに大きなテーブル。テティを抱いたままのグラムファフナーは、そのままいつものようにお膝に小さなクマをのせた。


「それで三日後の舞踏会までに、テティ様の仕度をしたいと」

「ああ、その世話をお前に頼みたい」

「はあ……」


 ランダはいぶかしげな顔だ。彼女も月色の君の噂は知っているし、今回の舞踏会に招かれたのが、その自分達でさえ知らない、主人の正体不明の“恋人”で目の前の小さなクマではないわけだから、戸惑って当然だ。


「テティ、見せてあげなさい」

「いいの?」

「ああ、この屋敷の者は私の信頼している者達ばかりだ。外に漏らすことはない」

「わかった」


 テティがグラムの膝からぴょんと飛び降りて、背中のチャックに手をかければ、たちまち滝のように流れる月色の髪に、若木のような白い身体……が見えたのは一瞬だった。

 すかさずグラムファフナーが脇においていた己の外出用の黒いマントで、テティの身体を包みこんだからだ。


「こういう訳だ」

「うん、よろしくね」


 月色の君の姿でテティがニコリと微笑めば、さすがの魔界の魔女も「はぁああ!」と声をあげた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 翌日、グラムファフナーは王宮へと執務に向かった。そう遅くならないように帰ってくると、テティに言い残して。


 テティはクロクマの姿ではなく、若草色のドレスを着ていた。テティの突貫の針仕事ではなくて、ランダが用意したものだ。

 月色の豊かな髪も、横の髪が編み込まれて後ろに深緑色の光沢あるリボンが揺れる。

 どこからどう見ても、清楚な貴族のお嬢様だ。


 舞踏会の日までは「ドレスを着て、人の姿で過ごしてもらいます」と彼女は言った。テティは「えーっ!」と声をあげてグラムファフナーを見た。


「毛皮を着ちゃダメなの?」

「少なくとも舞踏会が終わるまでは、ランダのいうことは聞きなさい。先生だと思って」

「はい、先生」


 と、テティは素直にうなずいた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 そして、舞踏会の日まではあまり日がない。まずはランダとどんなドレスにするのか相談した。


「赤いドレスはよくないの?」


 魔法鞄マギバッグからテティが取り出すと「とても素敵なドレスですわ。魔界が華やかなりし頃の社交界ならば、さぞ流行ったでしょうけど」とランダは断りを入れる。


「人間の貴族社会では受け入れられない色ですわね。このような派手な色は夜の女達が身につける色だとされています」

「夜の女? 夜に女の人が出歩いたら危ないよ?」


 ランダはコホンと「それはともかく」と咳払いして。


「未婚のお嬢様ならば淡い色がよろしいとされます。お歳をめされるほどに重厚な色がいいと」

「グラムは黒い服ばっかだけど」

「あの方はなにを着てもお似合いでしょうけど、黒以上にしっくりくるお色はございますか?」


 言われてテティはぶんぶんと首を振る。たしかにグラムには黒だと思う。黒が一番似合う。


「じゃあ、白はどうかな?」

「たしかに旦那様の黒に白は映えますわね。でも差し色がないと白一色では華やかさがないかもしれませんわね」

「白だけどいろんな色がある白もあるよ。この布とか」


 テティがマギバッグからドンと出した一巻きの布に、ランダが目をむいた。


「こ、これは伝説の月光虹の布ではないですか! こ、こんなものどこで?」

「ダンダルフに習って僕が織ったんだけど」

「材料の白雪天蚕の野生の繭を集めるだけでも大変なのに」

「銀の森にはたくさんいたし、テティが頼むとみんな繭玉を分けてくれたよ」

「……材料が揃ったとしても、月の光で十年に一度現れるか現れ無いかの虹の下、常に魔法で編まなければこの布は完成しないはず。それもいままで見たどんな月光虹の布よりも美しい……」

「ありがと、一晩で織ったよ」

「…………」


 「さっそくドレス作っちゃうおうか~今回は時間あるからお花も作ってレースもたくさん使おう~」ととんでもない高速で動き出した、テティの針仕事に、ランダはいまだ呆然とした顔で「一晩で月光虹の布……」とつぶやいたのだった。






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