第17話 ひとりぼっちじゃワルツは踊れない その2

「まったく、泣くぐらいなら『さようなら』なんて言うな」

「え?」


 次の瞬間には、両手を取られて踊りだしていた。一人で踊っていたときのぎこちなさはなく、くるりくるりとなれない高いかかとの靴でも、羽が生えたように踊れる。


「グラム! どうしてここに!?」

「人騒がせでお節介な賢者が送ってくれたんだ」

「ダンダルフが!? グラムをここに放り込むなんて! すぐ外に! ……って、僕も出し方わからない!」


 「どうしよう……」とテティがまた泣けば、その涙をグラムファフナーの端正な唇が吸い取る。


「お前が人の話を最後まで聞かないから、ここまで追いかけてきたんだ」


 「なに?」とテティはきょとんとする。


「あのとき、私は『さびしくない』と言っただろう?」

「うん、だから僕は『さようなら』って……んんっ!」


 言ったら唇をちゅっとふさがれた。すぐに離れて「その言葉は二度と聞きたくない」と不機嫌な顔と声で言われる。


「あの言葉には続きがある」

「続き?」

「テティが一緒にいるから寂しくない。

 お前がいなければ、私はずっと寂しいままだ」


「僕だってグラムがいないと寂しい」


 またぶわりとテティの緑葉の瞳から涙があふれる。それをグラムファフナーが「そうだろう?」と優しく指でぬぐう。


「僕はグラムとみんなと一緒にいていいの?」

「当たり前だ。離さない」


 ぎゅっと抱きしめられて、テティは「でも……」と首を振る。


「でも、でも、テティは闇の竜だったんだよ」

「違う。お前は闇ではない。私の弱々しい心残りが、こんなに強くなって目の前に現れてくれた。

 テティはテティだとお前はよく言うだろう? その言葉をそのまま返そう。

 お前はお前だ。闇でも光でもなく、もう私の心残りでさえない。たった一つの美しい輝きだ。

 お前だから共にありたい。私と共に帰ろう、テティ」

「うん、うん、グラム、ずっと一緒だよ」


 テティはグラムの背に自分の手を回して、ぎゅっと抱きついた。






「……それで、ここからどうやって出るの?」


 ひとしきりテティが泣いて落ち着いたころ、この暗黒の空間には、天も地もないけれど、グラムファフナーがあぐらをかいたお膝に座り、テティは空中からとりだしたティーポットにお茶を注ぎながら訊ねた。


 テティからカップを受け取り、あごに湯気をあてながらグラムファフナーは答えた。


「わからん」

「……わからないのに、グラムったら底なし穴に飛びこんじゃったの?」


 ぽりっとテティは取り出したクッキーをかじりながら首をかしげる。さらりと月色の髪が赤いドレスに流れる。

 その髪の一房を手にとってグラムファフナーはちゅっと口づける。


「お前に会いたかったんだ」

「うん、テティもグラムに会いたかった」


 「なら仕方ないよね」とテティはぽり……とまたクッキーをかじり「あ!」と声をあげる。


「どうした?」

「あそこにお星さまが光ってる」


 遠い遠い向こうに、きらりと小さな瞬きがあった。

 この空間はどこまでも闇の世界だ。そこに光ということは、あれは外界からのものだとグラムファフナーは膝のテティを抱きあげて立ち上がる。


 「わっ!」とテティは声をあげて、宙に放り出されたグラムファフナーと自分のカップをマギバッグへと放り込む。

 そして、自分を横抱きにして走り出したグラムファフナーに「僕も走れるから!」と腕から飛び降りて、そして、二人は手を繋いでかけ出した。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 銀の森の外。


 テティだけでなく、グラムも消えて三日。銀の森に張られた結界はゆるむことなく、誰も中には入ることが出来なかった。


 マクシがいつまでもここで野営しているのも、小さな王ヘンリックをここに置くことは出来ないと、王宮へと戻ることを騎士達に指示する。

 ヘンリックはそれにうなずきながら、皆が撤収の準備に忙しく働くなか、森の中心をじっと見つめ続けていた。


 そのとき、賢者ダンダルフが消えるときに、光の蝶が吸い込まれた、そのひたいが急に熱くなって手で押さえる。

 同時に荷造りをしていた者達から「わっ!」と声があがる。


「聖剣が!」


 勇者王の聖剣は美しい文様が刻まれた箱に丁寧に収められていた。その蓋がはじけるように開いて、聖剣がさやごと飛んで、ひたいの熱さにうめくヘンリックの足下に突き刺さる。

 そのときヘンリックの頭の中に声が響いた。


『勇者よ……剣をとれ』

「グランパ!」


 それは偉大なる勇者王アルハイトの声だった。ヘンリックにとっては優しいおじいさまだった、その声は、今はいわおのような厳格さをもって、その小さな身体を奮い立たせる。


 ヘンリックは地面に突き刺さった聖剣の柄を手にとった。三日前、テティの風の見えない魔法の力がなければ、持ち上げられなかった剣は、しかし、小さな少年の渾身の力をもって抜かれ、そして、まばゆいばかりの光を放つ。


 そして、ヘンリックが頭上へと震える腕で聖剣をかかげる。そのとたん、剣から放たれる光は天まで伸びた。

 小さな身体がふらつく。その剣を握りしめる両手をがしりと支える腕があった。ヘンリックは振り返り笑顔となる。


「マクシ!」


「勇者と仲間は助け合うものです、陛下。お手伝いします」

「うん、ありがとう!」


 マクシに支えられたヘンリックは、光の大きな剣となった聖剣を振り下ろした。

 その光に森の結界と見えない空間が切り裂かれる。

 そして、そこからグラムファフナーとテティが飛び出した。






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