第5話 うさんくさい賢者が隠したもの その2




 パタリと扉が閉まるのを見届けて、グラムファフナーは「それで調べはついたか?」とマクシに訊ねた。


「灰色のローブの魔道士については全然だな。やっぱり大公の証言以外、誰も奴を見た者はいないんだ。こうなると本当に大公が白昼夢を見たか、嘘でも言っているんじゃないか? と疑いたくなる」

「魔道士は実在する。私だけでなくテティもカウフマンにかけられた魔の匂いを感じたのだからな。確実だ」


 魔法の一番の証拠など魔力に他ならない。ならば灰色の魔道士は確かに存在するのだ。しかし、それ以外の証拠がないならば捜査は無駄だと、グラムファフナーは「灰色の魔道士の足取りについてはこれ以上はいい」と告げる。


「またそいつがなにか画策したら?」

「そのときはそのときだ。二度目こそは確実に足取りはつかむさ」


 自分もテティも灰色の魔道士の魔の気配は覚えた。二度目こそはかすかな匂いを感じただけで気づくだろう。


「私に使われた暗晶水だが王宮の宝物庫のものが無くなっていた。それと一部の宝飾品も売り払われた気配があった。傭兵をやとった金の出所はそれだろう」


 「やれやれ叛逆の罪に横領が加わったところで今さらだなあ」とマクシがぼやく。

 テティが金ぴか大公と例えたとおり、カウフマンは大変な派手好きの浪費家で有名だった。本来ならあれだけ大量の傭兵を雇える金などない。


 暗晶水が宝物庫に保管されていたのは、あれはエルフを即死させる毒薬でありながら、希少な美しい宝石でもあるからだ。実際、宝物庫に保管されていた宝石は、前王妃の首飾りの中心にはまっていたものだ。


「暗晶水も傭兵の金の出所もカウフマンが国庫から盗んだとなれば、奴一人の犯行とするしかないだろうな」


 灰色の魔道士の存在をグラムファフナーもテティも認めてはいるが、物的証拠がない以上、カウフマン一人が企んだ陰謀とするしかない。

 それにマクシが「悪そうな顔しやがって」と自分も人の悪い笑みを浮かべる。


「結局カウフマン一人の叛乱でしたと収めるつもりだったんだろうが。奴の取り巻きが知らせを聞いて胸をなで下ろすだろうよ」

「私としては、これで反対派共が大人しくしてくれるなら、それでいい」


 カウフマンの計画を取り巻きの貴族共がどれぐらい知っていたかなど、グラムファフナーの眼中にはなかった。追及して粛正の嵐を吹かせたい訳では無い。

 ただ、今回の叛乱の失敗で新宰相に反発し、なにかと嫌がらせや妨害をしてきた旧体制派の貴族達は大人しくなり、だいぶやりやすくなるはずだ。


「俺も腰抜け貴族どものことはどうでもいい。

 それより気になるのは……」

「テティか?」

「それだ。どうして、あんなのが王都と目と鼻の先の銀の森に居たんだ?」


 マクシの疑問はもっともだった。テティのあの姿だけでも驚嘆だ。この世界には人間の他に、魔族や獣人、それに世界にたった一人の残った半エルフがいる。

 だが、動くぬいぐるみなど聞いたことがない。いや、本人はぬいぐるみと言われるとひどく凶暴? になるから、これは禁句であるが。


 そのうえに、ぬいぐるみのガワを脱いだら中身は美少年でしたなんて……目の前のマクシにはグラムファフナーは言う気はなかった。

 内緒とテティと約束してるのもあるが。単純に自分だけの秘密にしておきたい。


 ちらちら目の前に月色の長い髪と、白い身体の幻影が見えるが、鼻の下を伸ばしている場合ではないと、表情を引き締める。


「テティがというより、ダンダルフがというべきだろうな。あの賢者が銀の森にいたとはな」

「そうだよ。あの“エセ”賢者だよ。魔王を倒したあとに消えたと思ったら、最後まで人騒がせだな。おい」


 エセとは人聞きが悪いがダンダルフは神代から生きている立派な賢者だ。その知識と魔力にはグラムファフナーとて頼っていた。ただし、性格にはかなり問題はあったが。


「あのクマ……じゃないテティがダンダルフの弟子っていうのは納得だけどな。あのじいさん、賢者のクセして杖でぶん殴るほうが得意だっただろう? 

 すぐに手が出るところもそっくりだし」


 勇者を導いた偉大なる賢者ダンダルフの名誉のために言っておくと、彼は魔法“も”よく使った。が、たしかにその杖でドラゴンの首ぐらいふっとばしたのも事実である。


「テティのロッドの型はダンダルフそのままだからな。そうとう強かっただろう? 赤狼団の手練れ数人が叩きのめされるぐらいに」


 ニヤリとグラムファフナーが口の片端をあげて意地悪く言えば、マクシはとたん決まりが悪そうな顔をする。


 先日ヘンリック陛下の武術指南にテティがなることになり、それを“口実”にマクシが自分の騎士団員と“手合わせ”させたことはグラムファフナーの耳に入っていた。

 勇猛で知られる狼の騎士達が、こてんぱんにやられたことも。


「団員の名誉のためにいうけどな。あれの得物のロッドは魔法で伸縮自在で間合いが取れねぇ。一撃が重い上に、なぐられた瞬間にお星さまが飛び散るんだぞ。

 相手がどう見たって可愛らしいくまのぬいぐるみで、ぶん殴られて沈みこんだ瞬間見えるのがキラキラお星さまって、かなり精神にくるぞ」


「その落ち込んだ自分の部下達を、お前は当然慰めたんだろうな?」

「ああ、酒呑んで忘れろって酒場でどんちゃん騒ぎだ」


 「おかげで俺の財布はすっからかんだ」とぼやくマクシに、グラムファフナーはクスクス笑う。

 しかし、次の瞬間には笑いを収めて。


「テティは私と出会うまでは銀の森の外に出たことはなかった。出たいとも思わなかったと言っていたな」

「話じゃ、ダンダルフが部屋ごと“消えて”ずいぶんたっているようだろう? そのあいだ一度も森の外に興味がなかったと?」


 それは奇妙だという顔をマクシはする。草原に暮らす狼族の男子は成人直後に必ず諸国を旅する習慣がある。この剣士がそのときに駆け出しの冒険者だったアルハイトに出会っていた。故人となった勇者王との付き合いはこの男が一番長いと言うべきだろう。


「疑問なのはそれだけではない。王都と銀の森は目と鼻の先だ。そこにダンダルフがいて、王として国を治めるアルハイトが知らなかったと思うか? 

 実際、宰相として古い記録を調べると、銀の森が魔の森とされ人が足を踏み入れぬ土地となったのは、魔王の居城あとに近寄るべからずという、アルハイト王のみことのりがあったからだという」

「じゃあ、アルハイトの奴。銀の森にダンダルフがいると知りながら、俺達に黙っていたと?」


「隠す理由があったのだろうさ。そして、ダンダルフは銀の森でテティを育てた。彼が消えたあとも、テティは森を出ようともせず暮らし続けた。

 おそらく私が迷い込まなければ、あれはいまだに森にいただろうな」

「どういう意味だ?」

「アルハイトはダンダルフの“隠したもの”は知らなくとも、それに協力はしたということだ。ダンダルフはそこで“それ”を育て、そしてどういう意図があったのか。

 あとは“彼”の好きにしろとばかりに放置した」


「おい、それって」

「そう、テティだ。テティは銀の森に“封印”されていたんだ」





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