第6話 テティの動かない家。でも呼んだ! その1




「今日もテティに勝てなかった」

「大丈夫、テティもダンダルフに一度も勝てなかったから」


 ヘンリックとの剣の稽古場所は王宮の裏庭。大きな池があって、そのむこうにこんもりとした森のような木立がある風景はどこか銀の森を思わせて、テティのお気に入りだった。


 池のほとりの蔦の絡まる白い石造りの四阿あずまやで剣の稽古のあと、ベンチに並んで腰掛けて、ヘンリックとあれこれ話す。

 テティが空中からクッキーや蜂蜜の飴、お花の砂糖漬けを出して、ヘンリックと一緒に食べながら。


「ダンダルフって、ひいひいひいおじいさまと一緒に旅をした大賢者だよね? どんな人だったの?」

「ん~なにを考えているか、よくわかんなかった」

「そう……」


 テティの言葉にヘンリックは奇妙な顔となった。小さな王様としては、すごい魔法を使えたとか、博識だったとかそういう答えを期待していたのに、なに考えているかわからないとは、文字通りまったくわからない。


「すっごい昔のことも話してくれたよ。この世界の初まりとか」

「それは僕も知ってるよ。初めに創世の神オリウスがあり。オリウスが闇の世界を切り裂いて生まれたのが男神に女神の兄弟神達で、そのあとに賢者に神々の眷族たるエルフが生まれた。

 同時に切り裂かれた闇からは魔族が生まれて、神々と敵対することになった。

 天にいた神々は大地を創り、大地からは力強い獣人が生まれた。人間が生まれたのは一番最後。天と地の狭間の空……そよぐ風から。

 だから、最初の人間は葦のようになよなよとして、とても非力だった。

 それを哀れんだエルフは、彼らに剣と魔法を教えた。こうして人は戦う力を得て、獣を狩り大地をたがやし、短命ではあるが開かれた大地に一番あふれる種族となった」


 この世界の子供ならば一度は寝物語で聞くお伽噺だ。人間の子供だけでなく、獣人の子供も自分達は大地から生まれたのだと教わる。魔族の子供はどうなのかは知らないけれど。


 その創世の神話とは別に、テティが聞いたのは。


「鍛冶の神トルトルの足は大きくて臭い」

「へ? そうなの」

「と、ダンダルフは言っていた。背が低くて頭も髭も錆びた鉄みたいな色でもじゃもじゃの醜男だって。

 なのに妻の花の女神マルハナはその夫に夢中なんだって。絶世の美女なのにもったいないってさ」


 だから若かりし頃、ダンダルフは彼女を讃え、その横にいる岩石みたいな男は不似合いだとそんな恋歌なのか、戯れ歌なのかわからないうたを女神に贈ったのだという。


「どうなったの?」

「貞淑な女神マルハナは驚きおののいて夫であるトルトルに手紙を見せた。

 トルトルは怒りくるって、ご自慢のハンマーを振り上げて、ダンダルフを追いかけたんだって。

 足が短いくせに、イノシシのように速くて死ぬかと思ったと、ダンダルフは話してた」


 「ダンダルフって偉い賢者様だって話だったけど、おかしいね」とヘンリックは笑う。テティは「賢者なんだけど、不真面目だった」と言う。


「あ……」


 そして、お花の形のクッキーを食べて、物足りなさそうにしているヘンリックに気づいて、テティは空中からクッキーを取りだそうとして、自分の魔法袋(マギバッグ)にはもう無いことに気づいた。


「クッキーない。他のお菓子も残り少ない」

「ええっ! テティのお菓子大好きなのに。街で買ってこれないの?」

「来られない。お菓子はテティの手作りだから。銀の森の家の魔法のオーブンで焼かないと」


 銀の森へは帰っていないのだから、お菓子はなくなって当然だ。


「銀の森に帰っていい?」

「ダメ! テティは僕とこのお城にいるの!」

「…………」


 テティとしてはちょっとクッキーを焼きに一日か二日ぐらいのつもりだったのだが、ヘンリックは涙目になって首をぶんぶんふる。

 困ったことにヘンリックが自分のそばにいろというと、そうしなければならない気がしてくる。これが勇者の仲間の強制力らしい。


 ただ、それほど強い拘束力ではなく、テティがその気になれば、銀の森に帰ることも出来ると思う。

 だけど、なんとなく心が傷むというか、罪悪感というか、やっぱりヘンリックが涙目で「そばにいて」というとそうしてあげたいと思うから、なかなかにくせものだ。


 ちなみに、あくまで勇者の仲間であるという力なので家来や奴隷ではない。だから勇者が仲間を思い通りに命令することは出来ないどころか、勇者を害することも可能だそうだ。

 その話をきいてテティは「へたに仲間にしたのが悪者で勇者が殺されちゃったらどうするの?」とグラムファフナーに質問したら。


「勇者が“邪悪なる者”を仲間に選ぶはずがないだろう? ヘンリックは出会って、すぐにテティを仲間だと思った。

 そういうことだ」


 たしかにテティはヘンリックが好きであるし「ここにいて!」と言われると、なるべくそばにいてあげたいとは思う。


 しかし、銀の森に行かないとクッキーは焼けない。

 あの家のオーブンがないと。


「そっか!」

「テティ?」


 テティはふわふわのお手々をポンとたたいた。ぴょんと石のベンチから降りて、くるりとヘンリックを振り返る。


「ヘンリック、あの池の向こうの林に小屋建てていい?」

「え? あ、うん、いいのかな?」

「なにそれ。ヘンリックは王様でお城は君のものでしょう?」

「いや、グラムファフナーは国は王の持ち物ではないし、僕の着てる服一枚だって、すべて民の税だって教えてくれたけど」


 テティは首をかしげた。よくわからない。ヘンリックは困ったような顔で口を開く。


「でも、あの林の小屋一つ分ぐらいならいいと思うよ。テティは僕の仲間だし、なによりグラムファフナーはテティを可愛がってるし」

「グラム、僕のこと可愛いと思っているんだ」


 黒い毛皮に覆われているから、その頬が赤くなっているとはわからないが、テティは小さなお手々でもふもふのほっぺを挟むようにして、もじもじと照れた。「うん」とヘンリックはうなずく。


「お城の正面の玄関に小屋建てたなら怒られそうだけど、裏庭の林なら問題ないと思うな」

「そう、ありがと」

「あ! テティ!」


 このまま、四阿あずまやを飛び出したテティは、池に向かって踏み出した。当然ぽちゃんと落ちると思ったヘンリックは慌てたが。


「うそ、歩いてる」


 黒い小さなクマの足がぽんぽんと池の表面に触れる度に、小さな波紋が浮かんでいく。最後は両足で跳んで、テティは対岸の林についた。


「す、すごいよ! テティ。水の上を歩くなんて、どうやったの!?」

「どうって、右足が沈む前に左足を前に出しただけだけど」

「…………」


 ヘンリックが一瞬沈黙し、池をじっと見つめるのに「ダメだよ」とテティは言う。


「ヘンリックがやると沈んじゃうから。ヘンリック泳げるの?」

「……う、自信ない」

「じゃあ、やめようね」


 テティはくるりと林に向き直ると、空中から星のロッドを取り出す。くるくるロッドを回しながら呪文を唱えた。


「飛んで来い!」


 いや、それ呪文じゃないから……と、魔法学園都市マグリミワの魔道士が聞いたら叫んだかもしれない。

 しかし、テティにはとってはそれで十分だ。長ったらしい呪文は噛むし、時間の無駄だとダンダルフも言っていた。


 そして、空に巨大な影が現れた。「え?」とヘンリックが声をあげ、ドスンとそれが林に着地したときには「ええええっ!」と声をあげていた。


「て、テティ、こ、小屋って!?」

「うん、銀の森のテティの家。呼んじゃった」


 テティはにっこり笑って答えた。

 王宮の裏庭の林には、赤い屋根のめるふぇんな家が立っていた。





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