第6話 テティの動かない家。でも呼んだ! その2




 それは小さな小屋を四つ重ねた、高さからするとちょっとした塔だった。重なり方は微妙にずれていて、上の二つの小屋などは、完全に空中に飛び出て居る。普通なら倒れていておかしく無い建て方だが、揺るぎなく建っているところが、さすが魔法使いの家というところか。


 白いペンキで塗られた木の壁に赤い屋根、窓枠や屋根が色とりどりの蔓草のお花で彩られている。まるきり童話に出てくるおとぎ話のお家のようだ。

 まして、その家の主は「グラム、見て! これがテティの家だよ!」と、お花のアーチの玄関の前で、胸を張る小さな黒いもこもこのクマ。


 「大変です!」と血相を変えた衛兵が執務室に飛びこんできて、「裏庭にテティ様がお家をお呼びになられて……」とどうにも要領を得ないので、見た方が早いとマクシとともに向かった。

 はたして、そこには兵士達の言う通りに“家”が建っていた。面積は小さな小屋ほどであるが、縦に長いめるふぇんな、それがだ。


「どうして家を呼んだんだ?」

「ヘンリックが銀の森に帰っちゃダメだっていうから。だけど、それだとクッキーが焼けないでしょ? だから王宮にお家を移したの」

「それはそうだな」

「いや、そこで納得するなよ、グラムファフナー。いくら魔法だからって、家が空飛んでやってくるなんてとんでもないからな」


 うなずいたグラムファフナーに意外に常識派? のマクシがすかさずツッコミを入れる。


「僕が呼んだんだから、来て当たり前でしょ?」

「空飛ぶ家なんて当たり前じゃないと思うぞ。だいたい断りもなく、王宮の裏庭に突然こんなもの」

「あ、あのダメだった? 僕がテティに城の玄関の前なら怒られるけど、裏庭ならいいかな? って言っちゃったんだけど」


 ヘンリックが眉をへにょりとさせて泣きそうな顔をするのにマクシが焦って「へ、陛下が許可なされたなら……」と言うが。


「いや、二人とも家をこちらに移す前に、回りの大人達にひと言相談して欲しかったな」


 このグラムファフナーの言葉にテティが「ゴメンなさい」とぺこりと頭を下げる。


「僕がヘンリックに王様ならいいでしょ? って聞いたの」

「い、いや、裏庭の林ならいいかもって、僕もテティに言ったから」


 子供達? 二人のかばいあいのようになって、しょんぼりする小さなもこもこの黒いクマと、それより少し大きな子供の姿に、グラムファフナーは微笑を浮かべる。


「たしかに王宮の玄関の前なら問題でしたが、裏庭のこの場所ならばよろしいでしょう。これからは事前にご相談ください」


 とヘンリックに告げ。


「テティご自慢の家を見せてくれるか?」


 次にテティにグラムファフナーが話しかけると、二人とも笑顔で「うん」と言う。

 そして、テティが先にたって、お花のアーチの玄関をどうぞと開ける。


 一階は食堂でカウンターの向こうに台所が見えた。木の風合いを生かした家具に、色とりどりの布をパッチワークしたテーブルクロスにクッション。テティが「これ全部テティの手作りなんだよ!」と自慢する。

 広くもないが外見の小屋の大きさほど狭くもない。やはり魔法の家なのか、外と中の大きさが違う。


 手すりに蔓草の白い花が巻き付く階段を上がれば、二階は一階よりは少し狭い、居間だった。

 居間もまた下の食堂と同じく、木の素朴なベンチに椅子に低いテーブル。そこにもパッチワークの布が敷かれ、クッションが置かれ、温かな綿入りのラグがおかれていた。まさしくテティの小さなお城だ。


 居間には上にあがる木のハシゴがかかっていて、屋根裏部屋に続いていた。そこには、テティが寝るにしては大きなベッドを、黒いもこもこ小さな姿のテティより大きな……クマやウサギのぬいぐるみが囲んでいた。


 グラムファフナーは気づいていた。家具の大きさはすべて人間仕様のもので、小さなテティ用ではないことを。

 しかし、毎夜見ているテティのもう一つの姿を考えれば、ベッドの大きさは納得だった。


 それにテティは城においても家具の大きさなど、まったく気にかけている様子はない。椅子にも、グラムファフナーの膝にぴょんと飛び上がって座る様は猫のように俊敏だ。小さな身体だからと手の届かないところは、彼にはないだろう。


 それは一階の食堂に戻ってもそうだった。テティは高い棚にあるお茶の缶をぴょこんととびあがって取って「お茶でも飲んで待っていてね」と食卓の三人にお茶を出してくれた。

 それはベリーの甘酸っぱい香りがするお茶で「蜂蜜をたらすとおいしいよ」という。たしかにひとたらしした蜂蜜とベリーの甘酸っぱさがよくあって、執務疲れが取れるようだった。


 そして、台所では猛然とテティがクッキーを作り出した。お花のひらひらエプロンを身につけ、頭にもお花の飾りがついた三角巾。白い粉が舞い、黒いもこもこが白くならないか? と見ていたが、慣れている手さばきで、生地をこね、そこに砕いた木の実を入れていた。


 お花やお星さまや動物の型で抜いて、漆黒の鉄造りに真っ赤な炎が燃える、魔法のオーブンにそれを放り込んだ。

 と思ったら、ぽわん~とオーブンから白い煙があがって、甘い良い香りがキッチンと続きの食堂いっぱい広がる。同時に「出来たよ~」とテティの声。


 「え? もう出来たの?」と驚くヘンリックの声は、テティ以外のみんなの気持ちも表していた。テティは「魔法のオーブンだもん。すぐ焼けるよ」とオーブンから天板を取り出して、木の器にざらりと焼き上がったばかりのクッキーを取り出す。


「召し上がれ」


 テティがぴょんと空いてる椅子にとびあがって、テーブルの中央に、その木の器を置いた。

 一番最初に毒味でもないが、手を伸ばしたのはマクシだ。馬の形の大きなクッキーの首の部分をバリッとかじって「うまい、生焼けじゃない」とひと言。「しっかり焼けてるよ」とテティがぷんぷんと怒る。


 ヘンリックもお花の形のクッキーをかじって「うん、おいしい。テティのクッキーだ」と嬉しそうだ。グラムも月の形のクッキーをかじる。甘さ控えめの木の実の素朴な味が美味しいと思う。


「しかし、一瞬でクッキーが焼ける魔道具のオーブンか。これ量産すれば民の暮らしが楽になるんじゃないか?」


 マクシの言葉に「「無理だ(よ)」」と声をそろえて、グラムとテティが言う。「なんで? 僕もこんな魔法のオーブンがあればみんなの暮らしが楽になると思うな」とヘンリックが言う。

 テティが「ヘンリックはみんなのこと考えているんだね。それは素敵だけど……」とグラムも見上げるのに、グラムが口を開く。


「この魔法のオーブンはどうやら、使う者の魔力をかなり使うようです。魔法使い専用と言っていい。

 魔道具に頼らねば種火一つ点(つ)けることが出来ない、一般の民の魔力では使用は不可能でしょう」


 グラムの言葉にヘンリックは「そうか」と納得し、マクシも「魔法使い専用じゃしかたねぇな」と顔をしかめる。


 この世界の生き物は多かれ少なかれ魔力をもってはいる。しかし、人型の種族として一番弱いとされる人間は、己の属性である魔力を自在に操る魔族や獣人、呼吸するように魔法を編むエルフと違って、かなり魔力が弱い。

 それこそ一般の人間は初歩的な魔道具を扱える程度だ。


「うん、このオーブンを使えるのはダンダルフとテティだけだって、造ったダンダルフが言ってた」

「クッキーが一瞬で焼き上がるオーブンを、大賢者がねぇ。まあ、あのじいさん旅の間でもヘンテコな道具を錬金釜で造り出していたからなあ」


 「おかしいと頭に花咲く帽子とかなぁ。お前あれ持ってるか?」とマクシに聞かれて、グラムファフナーはなんとも言えない顔で答えた。


「私の氷の城の棚で、誰も被ってないのに花開いて揺れているが」

「……俺のところもそうだ。草原の岩砦の納戸にしまいこんである」


 二人とも同じ遠い目になったのは、あのはた迷惑な大賢者の起こした騒動の数々を思い出していたからだが。


「そういえばダンダルフは錬金釜でテティを創ったって言っていたな」


 もふもふのお手々でカップを持って無邪気に話したテティのとんでも発言に、ちょうどベリーのお茶を飲んでいた大人の男二人は、ピキンと固まった。マクシはゴホゴホと激しくむせ、グラムファフナーの喉はごきゅりと妙な音を立てた。




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