クロクマ少年2~恋と陰謀の物語~中身は魔女?でも男の子!

第1話 お城での日常 その1




 グランドーラ王宮の裏庭には、巨木が立っている。王宮が建てられる前からそこにあり、伐採の話もあったが勇者王アルハイトが「暗黒の時代を経て、なお生き抜いた大老に敬意を表そう」とのひと言で取りやめとなった。


 以来、この木は“大老の木”と呼ばれて大切にされていた。

 その木に登ろうなどといういたずらっ子は、いなかったはずだった。

 この日までは。


「陛下! テティ様!」


 女官長の悲鳴が今日も響く。それにちょうど用があって裏庭に来ていたこの国の宰相グラムファフナーがそちらを見る。


 夜の闇をとかしたような長髪に切れ長の黒い瞳。長身のダークエルフで、勇者王アルハイトの旅の仲間の一人だ。長命のエルフだから人間ならば二十代後半といったところの見かけ通りの年齢ではない。そしてエルフであるから当然美形である。彼の場合はそれに“飛び抜けて”がつくが。


 大老の木のてっぺんに、小さな姿が二つ。

 一つはヘンリック。このグランドーラの現国王で、勇者王アルハイトのひいひいひい孫。御年十歳の小さな王様だ。


 もう一つは、真っ黒もこもこの毛皮のクマのぬいぐ……と言ってはいけない。これを言うと本人はものすごく怒って、星のロッドでボコられる。お星さまも飛び散るが、血も飛び散る危険な代物だ。


 小さくてもクマ、凶悪で凶暴なのだ。ただし、とても可愛いが。

 名前はテティ・デデ・ティティティアという。戦いも魔法も、料理にお裁縫もなんでも得意な特別なクマさんだ。そして、ヘンリックの最初のお友達で、勇者の仲間でもある。


「陛下、テティ様! そんな高い所は危険です! 降りてきてください!」


 女官長の悲鳴を聞いて、あわてたヘンリックが木の枝から足を滑らせた。「陛下!」と響く女官長の声と「キャアア!!」とあがるメイド達の悲鳴。

 グラムファフナーも思わず駆け寄るが、焦ってはいなかった。それより前に心強い友がヘンリックのそばにいる。


 テティは迷うことなくヘンリックを追って空中へと身を踊らせた。しかし、先に落ちたヘンリックのほうがどう考えても地面に激突するほうが早い。

 が、テティは同時に「風よ!」と呼びかける。ふわりとヘンリックの身体が持ち上げられて、そのあいだにテティは追いつく。


 小さな王様の身体を小さなクマが抱きかかえて、くるりと一回転して地面に着地した。そして、横抱きにしたヘンリックに「大丈夫?」と呼びかける。


「テティありがとう、力持ちだね」

「うん」


 テティがヘンリックを降ろすと女官長が慌てて駆け寄り「お怪我は?」とヘンリックの全身を確認する。「大丈夫だよ、女官長」と笑顔の彼に彼女は安堵の息を一つ吐き、次の瞬間、キリリと厳しい顔となる。黒縁眼鏡の奥の瞳がキランと光って、ヘンリックが肩をすくませる。


「あんな高い木に登られるなんて危のうございます! 落ちたらどうなされ……いえ、本当に落ちられたではないですか!」


 「ゴメン」とうなだれるヘンリックにテティが「僕がヘンリックを誘ったんだよ」と女官長に言う。


「あの木のてっぺんから見おろしたら、お城も遠くの景色もすごくよく見えて、綺麗だからって」

「勇者王アルハイト様が名付けられた由緒ある大老の木に登られるなんて!」

「うん、ヘンリックは『大丈夫?』って言ったよ。でも、僕がおじいさんの木に聞いたら『坊主達、ワシの頭の上まで来ていいぞ』って」

「…………」


 普通の子供ならば嘘を言うなと一喝するところだ。しかし、相手は不思議なクマさん。長年生きた巨木と会話も出来てもおかしくない。


「ですが、陛下を危険な遊びに誘うのは……」

「女官長」


 そのやりとりをずっと見ていたグラムファフナーが声をかける。


「陛下、西方の使節団との謁見の時刻です」

「もう、そんな時間か? わかった」


 ヘンリックは、直接まつりごとをとることはまだない。だが、グラムファフナーは海外の使節団がやってくれば、かならず彼の謁見を請うていた。

 これは宰相であるグラムファフナーがけして幼君であるヘンリックを蔑ろにしていない。勇者王アルハイトの忘れ形見である彼こそが、この国の主であると内外に示す為であった。


 ヘンリックは護衛の騎士達と共に謁見の間へと向かう。グラムファフナーはまだなにか言いたげな女官長にそっと耳打ちする。


「心配なのはわかるが、男の子には多少の冒険は必要なものだ。それにああいうときに大声で驚かせるのはかえって危険でもある。落ち着いた穏やかな声で、木から下りるようにうながすべきでしたな」


 その言葉に女官長は大きく目を見開いて恥じ入ったように頬を染めて「わたくしがうかつでした」と小さな声で言う。

 それにグラムファフナーは「あなたが陛下の御身を第一に思われているのは承知している」と告げて、彼もまた謁見の間に向かった。


 しょんぼりした女官長の服の袖をくいくいと、テティが引く。こちらを見た彼女を宝石のような緑葉の瞳で見つめる。


「テティも女官長がヘンリックのこと大切にしてるのはわかっているから。でも、ヘンリックのやりたいこともさせてあげたい」


 その言葉に女官長は少し苦い微笑みを浮かべる。それにテティは続ける。


「ヘンリック、木登りしたことがなかったんだって」

「それでいきなり大老の木ですか?」

「だって、小さな木よりも、大きくて高い木のほうが見晴らしがいいじゃない!」

「高いところから落ちればそれだけ危険ですよ」

「テティが受けとめたよ」

「……たしかにあなた様がいれば、多少危なかろうとも陛下の御身は大丈夫なのでしょうけど」


 「ふう……」と女官長はため息を一つ。


「かねがね思っていたのですが、あなたには一般常識というものがありません。

 幸いにも本日は新人メイドの礼儀作法の講習会があります。あなたにもそれに参加していただいて、みっちりしこませていただきますよ」

「え? テ、テティもメイドさん修行? わ、わわわぁ~」


 女官長に引きずられるようにして、テティは連れていかれた。





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