横恋慕の君とワルツを




 ヘンリックの初恋は無残に砕け散った。


 月色の髪の君。輝く緑葉の瞳。若木のようなほっそりとしたしなやかな身体を赤いドレスで包んだ、裸足のお姫様。

 宝石なんてまとってなくても、結い上げもせず垂らしたままの月色の髪に散らされた淡く光る小さなお花だけで、彼女は輝いていた。


 彼女じゃなくて、彼だったけど。


 それも実はあの月色の君は、小さなクロクマのぬい……じゃない、これはすごい危険な言葉だと宰相にもマクシにも言われた。命の危機がおとずれると。


 ともかく、月色の君はテティだったのだ。

 あの小さな可愛らしいクロクマの中身が、月色の美しい人だったなんて、誰が思うだろう? 


 だけどヘンリックにはわかってしまった。


 グラムファフナーの腕に嬉しそうに抱かれる月色の君がテティだということを。テティがどれほどグラムファフナーを大好きで、グラムファフナーもまた、出られるかわからない底なしの穴に飛びこんでしまうほど、テティのことを愛していると。




 かなうわけがない。

 そんなことはわかっている。




 グラムファフナーを恨めしく思おうとも、嫌いになることなんて出来ない。彼は立派な宰相で、今は子供の自分に代わって、この国を守護している。

 それにヘンリックが将来立派な王になるように、様々なことを教えてくれる。剣を教えてくれるマクシとともに、とてもとても尊敬出来る人物だ。


 それに容姿だって並外れている。黒髪に黒い瞳、白皙の美貌に長身。冷たい雰囲気がまたいいと、貴族の令嬢やご婦人達に評判なのも知ってる。エルフだから美形なのは当たり前だけど、エルフのなかでもとくにあれは際だっている……とマクシが言っていた。


 それに見た目だけじゃない。元魔王だけあって闇の魔力はすごいし、それに剣術だってマクシと互角なのだ。この王宮にグラムファフナーが召喚された当初。いきなり宰相となった彼に反発し、闇討ちの計画さえあったと。


 それも、マクシとの中庭での真剣試合で、互角に戦う二人の壮絶な剣技に、一気に霧散したという。

 この試合も、王宮での不満分子を抑えて未然に自分の闇討ちなんていう事件を防ぐための、グラムファフナーの策だったとあとで聞いた。


 そういう意味でも彼はとても思慮深い人物なんだとわかる。

 本当に文句のつけようがない。




 だけど……。




「ヘンリック、どうしたの?」

「あ、なんでもないよ、テティ」

「おかしいの。この頃、よく考え事してるね。頭使った時は甘いものを食べるといいよ、はい」

「ありがとう、テティ」


 クロクマの姿のテティは、もこもこのお手々で空中からお星さまの形の大きなクッキーを取り出すと、ヘンリックに手渡してくれる。「お茶も飲むといいよ~」と空中からカップとポットを取り出して、蜂蜜もひとたらしして差し出してくれた。


 今日も剣の稽古のあとで裏庭の四阿あずまやで二人は休憩を取っていた。テティの出してくれるお菓子もお茶も相変わらずおいしい。


 クロクマのテティも大好きだ。いや、一番初めに好きになったのはこの姿のテティだった。怖い大人達に囲まれて震えていた自分に「本当の気持ちを言わなきゃダメだ!」と勇気を与えてくれた。


 小さなもこもこのクロクマ。だけど、すごく強くて優しくて、そのうえに料理上手だ。なんでも出来るのに大人達と違って、あれしちゃいけないとか、これしちゃいけないとか言わない。むしろ、ヘンリックが今まで知らなかった大胆な遊びにも誘ってくれる。


 最高の友達で仲間だ。


「ヘンリック、なに考えているの?」

「それは……」

「僕にしてあげられること? なら、なんでも言って」

「…………」


 この姿のテティも大好きだ。

 宰相のことも尊敬してる。

 でも、でも……せめて、一度だけ……。


「僕、赤いドレスのテティと踊りたい!」

「いいよ!」

「え? いいの?」


 あっさり返事をしたテティに、ヘンリックのほうが目を丸くしたのだった。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 「でも、仕度があるから一日待ってね」とテティは言った。


 ヘンリックはドキドキしながら、誰も居ない大広間で待っていた。もちろん、しっかり夜会用の盛装をしてだ。

 白に金の飾りのジュストコール姿で、部屋の中央にぴしりと立って、今か今かと待っていた。


 広間正面の黄金の両開きの扉の片方が薄く開いて「お待たせ!」と滑り込んできた姿に、ヘンリックは目を丸くした。


「テティ?」

「うん、赤いドレスどう?」


 レースと布で作ったお花がたくさんついた、ドレスは、スカートがふんわり膨らんでいて、テティがくるりとまわると花開くみたいになって大変綺麗だ。


 クマだけど……。


 そう、テティはクロクマの姿のままで赤いドレスをまとっていた。黒い可愛らしいクマさんの赤いドレス姿は、さらに可愛らしかった。頭にまいたリボンについたお花も可愛らしい。


「す、すごく、か、可愛いよ」


 うん、可愛い、可愛い。たしかに可愛いけど。


「よかった。あれからがんばってドレス作ったんだよ~頭のお花もいいでしよ?」

「うんうん、綺麗だ」


 この友人は料理もだけど針仕事も達者なのだった。ヘンリックに色とりどりの布を接ぎ合わせて星の形のクッションをくれて、うれしかったな~と思い出す。

 そう、これも自分が赤いドレスのテティと踊りたい! と言ったために、一日足らずで仕上げてくれた姿と思うと、ニコニコしている表情とともに、嬉しい嬉しいけど……。


 ちょっぴり切ないのは何故だろう? 


「踊ろう! ヘンリック!」

「うん……」


 それでも明るく誘うテティにうなずいて、もふもふの手をとって、くるくると踊った。

 背の高さはヘンリックのほうが少し高いぐらいで、二人の息はぴったりだった。大人の女の人の踊りの先生相手よりも、踊りやすいぐらいでヘンリックは本当に楽しくなってきた。


「僕ね、テティが大好きだよ」

「うん、僕もヘンリックが大好き!」

「僕達ずっと友達だよね?」

「もちろん、だって、テティは勇者の仲間なんでしょ?」

「そうだよ! 僕が一番最初に選んだ仲間で友達だ!」


 小さな王様と小さなクマはきゃらきゃらと笑いあって、くるくるといつまでも踊り続けた。







 そして、そんな二人の様子を扉の陰から見守る大人達が二人。


「まったく、テティのやつ。あのクマの姿の赤いドレスで、陛下と踊ると言った日にゃ、どんなことになるかと思ったが、陛下も嬉しそうでよかったぜ」

「…………」

「おい、グラムファフナー?」


「……私もテティと踊りたい」

「お前はこの間の舞踏会で散々見せつけて踊っただろう?」

「あの可愛いクマの姿では踊ってない」

「お前とあのクマさんのテティじゃ背丈が違い過ぎるだろう?」

「抱きあげて踊れば……」

「それは踊ってるって言えるのか?」


「ならば、私が身を屈めて」

「……どっちにしても陛下の邪魔をするな」

「わかっている」


 とても納得していない表情で、赤狼騎士団団長の言葉にしぶしぶうなずいた、宰相殿がいたとか。




   END





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