第10話 魔女の正体 その2
魔女の正体は、イルゼが襲われた時点で、テティにはわかっていたという。
「だって、あのお婆さんと同じ匂いがしたんだもの。ザクロと麝香の匂い」
ザクロも麝香も魔術師が魔力を高めるためによく使う香ではあるが、その魔術師によって他の薬草など微妙に配合が違う。
テティの敏感な鼻はしっかりとそれを嗅ぎ分けていた。
しかし、それはテティがイルゼの精神世界で感じたもので証拠はない。
「テティの話で、あの魔女がテティに接触した事で、他の魂よりも魔力も生命力も強い……月色の姫君を狙うだろうことはわかっていた」
グラムファフナーがテティの言葉をうけて続ける。
娘を助けたいと願った父親はもちろんシビルの手先ではない。彼に王宮の噂を流した呪術師もまた、シビルの野望を知らず、ただ、被害にあっている家族に、そんな噂があると伝えるようにシビルの手のものに金を握らされたそうだ。
「タンサン夫人だが、変わらない美貌と若さを引き替えに、自分の領地の若い女を生け贄にささげていたのだろう」
「俺が疑問なのはそこだ。今まで一年に数人だったのに、なぜいきなり王都で大勢の女達を襲ったんだ?
まして、王宮内でメイドのイルゼに手を出したあげくの、あんなずさんな罠だ」
いままで慎重だった犯人がいきなりヤケになったとしか思えないというマクシにテティは口を開く。
「暴食だよ」
「は?」
その言葉にマクシがマジマジとテティを見る。
テティは小さなクマの姿に戻り、王宮の食堂にてシェフが次々とつくる料理を平らげていた。ガツガツではなく、それはマナーにのっとって優雅に。だがとんでもない量だ。
いまも最後のデザートの十枚重ねのパンケーキに取りかかろうとしている。グラムファフナーに蜂蜜をたっぷり垂らしてもらってご機嫌だ。
戦いがおわったとたんテティは「お腹空いたぁ~」と叫んで、食堂にての種明かしとなったのだ。テティの横にはヘンリックが座り「見てるだけで、お腹いっぱい」とこちらは甘いショコラをふうふう息をふきかけて、飲んでいる。
「力なんて求めればきりがないでしょ? 一つ魂をとれば、もう一つ、もう一つって歯止めが掛からなくなったんだよ」
「なるほど、強欲な金持ちが十分もっているのに、さらに金を貯め込みたいのと一緒か」
「そのうちなんのために金儲けしているのか、金の奴隷になってる」とマクシは皮肉る。それにグラムファフナーが「さらにある」と口を開く。
「捕らえられたテティと糸で繋がっていたとき、感じていたシビルの感情は猛烈な嫉妬だ。自分以上の魔女など許せないというな」
「あの舞踏会が切っ掛けだろう」とグラムファフナーは続ける。テティがタンサン夫人達の口をカエルの鳴き声でふさいだ。
「大賢者ダンダルフの弟子であること、テティの若さに美しさ、そのすべてにあの女は憤っていた」
例の月の姫君が犯人だという噂も、タンサン夫人の差し金であると判明しているとグラムファフナーが続けた。シビルがその嫉妬から自分と月色の姫君の評判を陥れようとしたのだろうと。
「まったく、女の妬心ってヤツは度しがたいねぇ」とマクシが言えば「あとこれは私の憶測に過ぎないが」とグラムファフナーは断り。
「タンサン夫人が容色の衰えを怖れたように、シビルも自分の魔力の衰えをひどく恐怖していたかもしれない。
三十年以上学長の地位にしがみつければしがみつくほど、その地位から降りたくはない。
だが、彼女も齢八十だ。いくら黒魔術でそれを補っていてもな。テティの言うとおり、力を吸い取れば吸い取るほどみなぎる己の力に酔ってタガが外れたのだろう」
さらには手札だったタンサン夫人は自ら始末したのだから自分で動くしかなく、テティの言う“暴食”の飢えから王宮内でメイドのイルゼに手をだした。
結局それがテティに魔女の正体に気づかせて、自ら墓穴を掘ることになった。
「いずれは自滅していただろうが……その死体は髪の毛一欠片も残らなかった。まさにこれぞ自業自得だな」
そうグラムファフナーは今回の事件を締めくくった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
とはいえ、魔法学園長であるシビルの死も、タンサン夫人の死も、その地位や身分のゆえに公に出来るものではない。
結局はシビルの死も病死とされて、中身のない棺桶が王都より魔法学園へと送られることとなった。学園長の葬儀だというのに、かなりひっそりとしたものが行われたという。
しかし、真実というものもまた噂となって流れるものだ。この二人の死に彼女達こそが魔女の正体だったのではないか? とそんな声が、社交界や町のあちこちでささやかれた。
魔法学園都市の学長はすぐには決まりそうにないという。シビルが三十年学園長に居座り続けた弊害で古い体制をそのまま維持しようとする長老達と、今こそ改革を! という若手が争いあっている状態らしい。
女達を襲った悪い魔女は、月色の姫君が女達の魂を解放したことでその力を失い。身体は灰となって消えた。その正体は不明と王宮から正式に発表された。
そして、月色の姫君は白き魔女にして聖女様だと、これもまた二人の黒魔女の噂話とともに、王都どころか、末端の村々までその評判は広がることになるのだけど。
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