番外編
逆襲のかぼパン その1
「いゃあああああああああああああ~!!」
グランドーラの王宮。響き渡る悲鳴に「すわ、なにごとか!?」と赤狼騎士団の詰め所にいたマクシは、飛び出した。部下の騎士達もあとに続く。
あの声には聞き覚えがありすぎた。テティの声だ。あの最凶クマがあんな悲鳴をあげるなど、なにか大事でも起こったか!? とマクシ以下の騎士達は血相を変える。
なにしろ、みな、あのお星さまのロッドでこてんぱんにボコられた経験者達だ。
そこに黒いぬいぐ……じゃないクマが、王宮の廊下を全速力で駆けてきた。短い足でよくもという速さで、つむじ風のようにマクシ達の前を通り過ぎる。ぶわっとマクシのマントがたなびく。
声をかける間もない。
だけでなく、その後ろから同じ速度でこちらは長い足を動かして追いかけるエルフがいた。あのクマもそうだが、このエルフの身体能力も並ではない。
二人の追いかけっこが駆け抜けるだけで、暴風となるのは仕方ないだろう。
というか、師匠の賢者同様、常にお騒がせのテティはともかく、このエルフがこんな騒ぎを起こすとは珍しい。
「おい、グラムファフナー」
「痴話ゲンカだ!」
『どうした? 』と聞く前に振り返りもせずに、ひと言。逃げる小さなクマのぬいぐ……じゃない、テティを追いかけていく。
夫婦? ゲンカはクマも食わないっていうことわざがあったっけな~と思う。そんなくだらないもの、ほうっておけという意味だが……。
「団長?」
「取りあえずあの二人の通ったあとの後片付けするぞ」
「はあ……」
暴風が通り過ぎたあとは色々被害があるものだ。せいぜいがなんか壊れたとか、誰か転んだとか、さすがに壁をぶち抜いたとかは……あの二人だからありえそうだが、やめて欲しい。
「修繕費はグラムファフナーが出すだろうさ」
王宮の正面大扉を吹っ飛ばしたのは、記憶に新しい。また宰相殿の年俸が減りそうだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
テティはクマ生? 初めてぐらいに追い詰められていた。穴に落っこちたときも追い詰められていたのかもしれないけど、あれより、テティにとっては危機だった。
だって、グラムファフナーが追いかけてくる。他のヤツなら、星のロッドでポコっておしまいだけど、大好きなグラムファフナーの顔にそんなこと出来ない。
だから逃げているのだけど、これもヤバい。なにがヤバいって、本当は逃げたくないというか、グラムファフナーに両手を広げて「おいで! テティ!」とか言われちゃったら今すぐきびすを返して、その胸に飛びこんじゃうだろう。
グラムファフナーがこの“必殺ワザ”に気づかなくてよかった。
しかし、お城での“追いかけっこ”もテティにとっては不利だった。なにしろ、先に暮らしていたグラムファフナーのほうが、テティより王宮の構造に詳しいし、頭だって切れる。
気がつけば行き止まりの大聖堂に追い込まれていた。
大聖堂で暴れちゃマズイことぐらいテティだってわかる。だって、すごい天井画とか壁にびっしり並ぶ彫像とか、女神様の小指一つでも欠けたら大騒ぎだよね? と。
しかし、グラムファフナーは追いかけてくる。彼が、聖堂の大扉に手をかけたのがわかった。
「ええい! 分身の術!」
テティは星のロッドをぐるぐる回して、
その数、百枚。
それに風の魔法で気を吹き込んで、自分とそっくり同じ姿にすると、大聖堂に並ぶ長椅子にずらりと並べた。
そして、テティもその中にちょこんと紛れ込んで、動かなくなった。
大聖堂に並ぶ、百一匹のくまちゃんだ。
「ほう、考えたな」
天井の高い大聖堂にグラムファフナーの良いお声が響く。それだけでテティは丸いお耳をぴくりと反応させそうになったが、がまんがまん。
しかし、グラムは椅子に並ぶクマには見向きもしないで、長い足を動かして迷いもなくこちらにやってくる。『え? 』『え? 』『ええっ!? 』とテティが思っていると。
「捕まえた」
脇の下に手を入れられて、ひょいと持ち上げられた。もこもこクマさんは短い足をぷらんとさせ、緑葉の宝石の瞳をびっくり見開いてテティは、グラムファフナーを見る。
「なんでわかったの!?」
「私が愛しいお前を見誤るはずがないだろう?」
「愛しいだって~」
「きゃあ~!」とテティはもこもこお手々をもこもこほっぺにあてて照れるが。
「さあ、鬼ごっこには私が勝ったのだから言うことを訊いてもらうぞ」
ひょいと肩に担ぎ上げられて、グラムファフナーがすたすた歩き出す。
「え~ヤダぁ!」
「ヤダではない。約束だ」
そんな会話を交わしながらも、星のロッドを動かして、百体のガワをしっかり自分のマギバッグに回収したテティだった。
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