第12話 イケナイ朝帰り
大広間から出て、たどりついたのはグラムファフナーの部屋。
「ふふっ! ふぁ……」
寝台に倒れ込んで、ご機嫌でくすくす笑うテティの唇をグラムファフナーが繰り返しふさいでいた。テティも、応えるように重ねてくり返す度に合わせが深くなる。
息が出来ないとおぼれたようになって、苦しいのに気持ちいい? と不思議な心地でぼんやりしていたら、気がつくとドレスの半分を脱がされていた。
「せっか…く……舞踏会のために作った…のに!」
それも急ぎの半日仕事でちくちく針を動かしたけど、自分でも上出来なドレスかな? と思っていたのだ。
そういう意味で抗議したのに、むき出しになった白い胸。その中心に口づけられて、テティは「あ」と声をあげる。
「この真っ赤なドレスは見事だったが、そうかお前の針仕事か」
「ドレスは脱がせてこそだろう?」なんてグラムファフナーは意地悪く笑いながら、なぜか手を止めて「だがこれ以上はダメだな」と意地悪く手を止める。
「テティは三歳だろう? 子供に手を出すのはいけない大人だな」
こんな風に言われて、目の前の男を潤んだ緑葉の瞳でテティはにらみつけた。
「テティに散々いけないキスしたの誰!?」
「私だな」
「それに僕は三歳じゃないし! 本当は……えーとえーと……」
いくつだったっけ? と考えたら、クスリと笑われて「知ってる」と頬に口付けられた。それで呆然とする。
「なんで僕が本当は三歳じゃないって知ってるの? ダンダルフにそう答えろって言われていたのに!」
「やっぱりあのふざけた賢者が原因か。
しかし、そのダンダルフが消えたのは“ずっと前”だとお前は話してくれただろう?」
「うん」
「ずっと前が三年とは思えないし、そもそも、それではあの賢者は生まれたてのお前になにも教えないで消えたことになる。
しかし、お前はダンダルフから、ほとんどの知識と魔法を受け継いでいる。それは三年足らずの年月で伝えきれるものではない」
「そうだよ。僕が生まれたのはダンダルフが銀の森に来てすぐ。勇者の冒険が終わったあとだ」
「……それでは百年近く前か?」
「そう、ダンダルフが部屋ごと虹の海の向こうに消えちゃったのは、五十年ぐらい前かな?」
「…………」
思い出したとばかりにテティが言えば、グラムファフナーはその美しい眉間に皺をよせる。テティが首をかしげれば。
「五十年もひとりであの森にいたのか?」
「うん」
「……寂しくはなかったか?」
「ううん、ちっとも。だって森にはリスや小鳥達もいたし、毎日、やることもあったし」
森を散歩して木の実を拾い、パンやクッキーやジャムを作る。自分のための服を縫ってつくろって、それがテティの日々だった。
「そうか……」
「でも、今、森に帰ったらさびしいかな? ヘンリックとお別れしたら、あの子泣くだろうし、騒がしいマクシの声を聞けなくなるのも静か過ぎるし。
それと、グラムと離れるのは僕が悲しい……あ……」
するりとドレスが落とさせた、背を大きな手でなぞられる。テティはぎゅっとグラムファフナーの首に腕を回し抱きついた。
「テティ、私とずっと一緒にいるか?」
「う…ん……いるよ」
「じゃあ、約束をしよう。死が二人を分かとうとも、常世の国で永遠に共に」
「それって、結婚の誓いみたいだね」
「そのままの意味だが」
こつんとひたいをあわせて、瞳をのぞき込まれる。グラムの真っ黒な瞳はどこまでも深い闇みたいだけど、こわくない。いつだってテティを見る眼差しは暖かいから。
「じゃあ、誓います」
「私も誓う」
それから誓いの口付け……にしてはすごく長くて、深い、深い口付けを何度もした。
そして、二人は……。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
翌日、当然テティは寝坊した。グラムファフナーもそんなテティを腕に抱いたまま、同じく寝坊を決め込んでいた。
先日のことがあって、朝、起こしにきたメイドはベッドのカーテンをいきなり開くことなく「お目覚めですか?」とおそるおそる声をかけてきた。その声にテティは目覚めたが、テティを腕に抱いた宰相殿は、まったく慌てることなく「目は覚めているが、カーテンは開かないでくれ。ああ、ミルクたっぷりに蜂蜜をたらした茶を一つくれ」と注文した。
彼の好みではまったくない注文に、すべてを察したメイドは「かしこまりました」と下がり、程なくしてカーテンの隙間から、湯気の立つカップが差し出された。
「飲めるか?」
「ん」
グラムファフナーに支えてもらって、半分身を起こしてふうふう、テティはお茶を飲むと、その甘さにだんだんと目が覚めてきた。
「……お風呂はいりたい」
「そうだな」
初め腰が立たなくて「あれ?」と思っていたら、グラムファフナーが抱きあげてお風呂につれて行ってくれた。それから一緒にはいったお風呂で、治癒の呪文を唱えてくれて、腰のだるさはなくなった。
それから、クロクマの毛皮をかぶって、急いで自分の部屋に戻ったら「テティ様!」とメイドのイルゼが真っ青になっていた。
「どこにいらっしゃっていたんですか?」
「早く目が覚めちゃったから、お散歩してきた」
と、このあいだもグラムファフナーの腕の中で寝坊したときも、言い訳したのだが。
「うそですね」
「え?」
とたん目を据わらせたイルゼに、テティはその緑葉の瞳をぱちくりさせる。
「このあいだは黙っておりましたが、テティ様のベッドは昨夜ベッドメイクしたまま、まったくお休みになった気配がございません。
これは、朝帰りに間違いありませんね」
「どちらにいらっしゃっていたのです? テティ様がそんなにイケナイ子なんて」と潤む瞳のイルゼにテティは「な、ないしょ」と答えるしかなかった。
たしかにイケナイことした朝帰りだった。
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