第5話 夜のおさんぽ その2




 夜の王都の迷路のような裏路地。迷うことなくテティは走る。


 駆けつけたときには、すでに若い娼婦の娘は倒れていて、その傍らには黒いローブをまとった怪しい姿があった。手には小さな鳥かごを持っていて、そこにぼんやり光っているのは、倒れている娘の魂だろう。


「若い…娘……」


 ローブを目深に被った人物の顔は見えない。テティを見て、ゆらりと近づいてくる。鳥かごを顔の前にかかげられる。

 鳥かごの口が開いて、吸い込まれるような感覚にテティはそれが禍々しい呪具であることを見抜いた。


 魂を吸い取り狩る。


 だが、テティにはそのような呪具は効かない。瞬時に取り出した星のロッドで、その鳥かごを払った。

 石畳にぶつかり壊れたかごから魂が飛び出して、倒れている娘の身体へと戻る。テティはロッドをグン! と伸ばして、黒いローブ姿をそのまま貫いた。


「ギャア!」


 と断末魔の悲鳴が聞こえてローブ姿はそのままかき消えてしまった。が、テティは驚くことなくつぶやいた。


「やっぱり、実体無しの魂だけか」


 だから、赤狼騎士団の獣人達の耳や鼻も利かなかったのだ。魂のみの姿で魂を狩る。鳥かごもまた実体のない魔術を練り上げた魔道具だ。

 壊れた鳥かごも消えてしまって、あとは石畳に倒れた女だけが残った。


「ん……」

「大丈夫?」


 意識を取りもどした若い娼婦は、自分をのぞきこむテティの姿を見るなり、大きく目を見開き「キャア!」と悲鳴をあげた。


「つ、月の魔女!」

「え? ち、違うよ! 僕は助けたほう……」


 慌てて言い訳するも、恐ろしい体験をした娼婦は混乱してテティを魔女だと信じきって「殺さないで!」と叫ぶ。彼女もまた街の噂を耳にしていたのだ。

 その正体は元魔王だった宰相の恋人である月色の髪をした美しい魔女だと。


「なにをしている!?」

「どうした!?」


 そこに間が悪いことに夜警の者達がかけつけた。若い娼婦はテティを指さして叫んだ。


「こいつよ! こいつが月の魔女よ!」


 「だから違うって!」と叫んでも、誰も聞いてはくれない。「そこを動くな!」「捕縛しろ!」という声にテティは身をひるがえし逃げた。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 夜警の人間達は簡単にまけたけれど、赤狼騎士達はやっかいだった。彼らは匂いを頼りに追ってくるし、足も速い。

 それでも匂いは風をまとうことで消せる。そして狼の獣人達の足が幾ら速くても、テティに追いつくことは出来ない。


 一人をのぞいて。


「おい、こら待てっ! スカートはいていて、その速さってズルイだろう!」


 王都の街路ではなく、屋根の上。高さも足場も悪いそこを、二つの影はまるで滑るように駆けるというより跳んでいく。


 追いかけてくるマクシに、テティはどうしようと考えていた。星のロッドでボコるのは簡単ではない。相手はこの国一の剣士で、何度か手合わせしたけど勝敗がつかなかったのは、グラムファフナーと同じだ。


 だいたいロッドを出せば、テティだと一目でばれてしまう。


 ならば風の魔法でと考える。でも弾き飛ばして、この高い屋根から落っことしたら、さすがのマクシだって大けがするだろう。ならば、地面に激突する前にふわりと受けとめて……と屋根から屋根に飛び移りながらテティは瞬時に魔力を練ろうとしたが。


「え?」


 しかし、逃げるテティの前に見えない網があるのを感じた。魔力の網。それもとても大きい。左右に迂回しても逃げることは出来ず。飛び越えることも、下に降りて潜ることも出来ない。


 テティは瞬時に後ろから追いかけてくるマクシに放つはずだった、風を前方へと放つ。見えない網に穴を開けてすり抜ける。


「え?」


 しかし、見えない網をすり抜けた瞬間、目の前に立ちはだかった、翻る黒いマント……伸びる黒衣の長い腕に、引き寄せられて抱きしめられてしまう。

 ぱふりと広い胸にぶつかって、この体温と匂いを間違えるはずもない。


「グラム?」

「まったく、こんな夜中に散歩なんて悪い子だ」


 おそるおそるテティが顔をあげると、空にある月よりも美しい男の眉間にしわがよっていた。





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