第9話 とらわれた妖精 その2




 今回はずいぶんと暗い中を長く落ちた。

 それだけ娘の魂が深く捕らえられている証拠だ。


 たどりついたのは、大きな黒い枯れ木の根元。その大木の枝には銀の鳥かごがいくつもぶらさがって、あわい光が揺れている。娘達の魂だ。

 イルゼを引き戻すときに遠くに見た木。テティの存在を確認するとすぐにまっ白な髪の毛が束になった蔦を伸ばしてきた。


 テティはそれをひらりと避ける。そして、その背に虹色の透ける羽を生やすと、ふわりと月色の髪をなびかせて、飛び上がった。


「さあ、起きて!みんな逃げるんだ!」


 よびかけて、次々と銀のかごの扉を開いていけば、魂は肉体に呼び寄せられるように天へと駆け上がっていく。

 逃げる魂も逃すまいと、白い蔦はいくつも枝分かれして追いかけるが、それはテティの星のロッドと風の魔法に阻まれたたき落とされる。


 蔓はテティも追いかけるが、背に羽を生やしたテティはするりするりとそれをかわして、駕籠の扉をすべて開く。

 さいごの鳥かごの魂だけはずいぶんと弱っていて、出てくる力もなかった。テティは白い手をそっと伸ばして魂を包みこんだ。感じるそれは、あの父親が求めていた娘のものだとわかる。


 テティは魂を胸に抱いて、虹色の羽をはためかせて、真っ黒な空を目指す。そこにぽつりと白い星のような光が見える。あれが出口だ。

 すべての魂はもう脱出している。あとはこの子と自分だけだ。


 あともう少しで光にたどり着くというときに、のびた蔓がテティの足首を掴んだ。しまった!と思う。魂を抱いているためにロッドを取り出せない。


「テティ!」


 グラムファフナーの声がして、自分の身体を引き上げようとするが、足首にからまった蔦はさらに幾本も増えて腕にまで絡みついてくる。テティは手の中の魂をかばうので精一杯だ。


 それでもグラムファフナーの力は強く、ぐいとテティの身体を引き上げようとするが、蔦も負けずと引き寄せようとする。

 力が拮抗してるのは、テティが娘の魂を抱いているからだ。手放せばテティは戻れるけれど、弱った魂を見捨てることなんて出来ない。すぐに消滅してしまうだろう。


「……グラム、お願い!」


 テティは娘の魂をグラムファフナーに託し、そして、自分は白い蔦にがんじがらめにされて沈んでいった。


「手に入れた、手に入れた、これで力も永遠の命もわたくしのもの!」


 ほほほ!と勝ち誇った笑い声が閉じた世界に響き渡る。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 娘はぱちりと目を開く。「ジャンヌ!」と父親が声をかければ「父さん……」と枯れた声を出した。


 彼女が目覚めたことに父親は喜び、娘を抱きしめて「ありがとうございます。ありがとうございます」と感激した声をあげるが、しかし、その表情はすぐに曇ったものになる。


 月色の姫君の青いまぶたは閉ざされたまま、ぐったりと黒衣の宰相の腕に身を預けているのだ。


「ひ、姫君は?」

「大事はない。疲れて眠っているだけだ」


 姫君を横抱きにし、黒衣の宰相は親子の部屋をあとにした。




   ◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇




 月色の姫君が魔女の手から、若い女達の魂を解放したことは、すぐに王都中に伝わった。なにより、助けられた女達が口々に、月色の髪、虹色の羽を持つ女神のように美しい人が、自分達を助けてくれたと目覚めてすぐに興奮したように話し出したのだ。


 月色の姫君の悪い噂は一転して、悪い魔女から娘達を救った聖女様ということになった。


 それまでは遠巻きに眺められていた、宰相の館には月色の姫君こと、聖女様に感謝の気持ちを伝えたいと被害者の平民の娘達やその親しい者達が詰めかけ、富豪の家からはこのたびの謝礼をと贈り物が届き、貴族達からはぜひぜひ、我が家にお招きしたいと、お茶会や夜会の招待状が山となった。


「本当に昨日までは不吉な元魔王と魔女だなんて言っておいて、とんだ手の平返しね」


 屋敷を預かる、魔族の魔女ランダは贈答品と招待状の山にため息を一つ。執事のバトラーは苦笑しながらも「旦那様の評判もよろしいようで」と返す。


「女達が眠り続けるなか、治療代など払えない貧しい者達にも施術師を派遣してくださった。そのおかげで女達は生きながらえたと」

「それだって昨日までは、月色の姫君をかばうための偽善だって言ってる奴らがいたのよ」


 ランダは憤懣やるかたないとばかりだ。それは人々の心変わりに怒っているだけではない。「まあ、人間界だって魔界だって、噂好きなのも日和見主義なのも変わりないけどね」とつぶやく。


「……テティ様はお眠りになられたまま……」

「旦那様が王宮に連れて行かれましたが、大丈夫なのでしょうか?」


 バトラーの言葉に魔界の魔女は「わからないわ」と首を振る。

 グラムファフナーが眠り続けるテティを連れて帰って来たのは昨日のことだ。その翌日、円卓会議が開かれるからと、朝、テティをその腕に抱いて連れていった。


 昨日、静かに目を閉じていた月色の姫君の姿ではなく、小さなクロクマの姿の彼をだ。

 快活で朗らかで愛らしいクマは、ただ大人しくグラムファフナーの腕に抱かれるだけの人形となっていた。





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