第11話 裸足のお姫様 その1




 最近、グラムファフナーが忙しい。

 テティと遊んでくれない。


 まだ幼君のヘンリックに代わって、この国の政をみているから当たり前なんだけれど。


「でも、この国、最強の赤狼隊の騎士団長は、大口あけてサンドイッチ食べているよね」

「あーん? 俺に文句があるのか?」


 お城の裏庭、そこに立つ小さな白い石の四阿あずまやにて、昨日の夕餉の残りの七面鳥のサンドイッチにかぶりついていたマクシが言った。その横でヘンリックが「冷えた七面鳥の肉もこうすると美味しいね~」と言う。テティはそれに「テティ特製のマヨネーズが入っているからね」と答える。


 昨夜もせっかく魔法のオーブンで七面鳥を焼いたのにグラムファフナーの姿は夕餉の初めにいなかった。前菜もスープも魚料理も終わって、マクシが「俺に任せろ!」と七面鳥を切り分けるところで、テティの小さな家の食堂に急いで駆け込んできて「どうやら、メインには間に合ったようだな」としっかり食べてくれたけど。


 で、本日のお昼は裏庭にて、昨日の残りの七面鳥の肉を細かくさいてマヨネーズであえたものを具にしたサンドイッチに、ベーコンとアスパラガスのキッシュ、ひよこ豆とそばの実のサラダを用意した。それに温かなお茶。デザートにはベリーいっぱいのタルト。


 裏庭でのお昼にグラムファフナーも招待したけど、執務で手が離せないと返事が来た。だから、テティは彼の分をバスケットに取り分けて、使いの人に手渡した。


 ランチに来てくれないのはちょっぴり残念だけど仕方ない。せっかく、最近チクチク縫って作った、色とりどりの布のお花がついたエプロンも見せたかったのに。ヘンリックが「テティ可愛い!」と褒めてくれて、マクシも「お~お~似合ってるじゃねぇか」とおざなりに褒めてくれた。


 ちなみについでとばかりに「お前、雄なのか? 雌なのか?」と聞かれたので「テティはテティだよ」と答えておいた。ちゃんと“僕”って言ってるのに、本当にこの男は鈍い。


「その言い方だと、俺がさぼっているみたいじゃないか。言っとくが、俺だって隊の午前中の鍛錬を終えて、ここに来たんだぞ」


 マクシが「このサンド確かにうまいな」ともぐもぐしながら続ける。テティはキッシュを食べる。今日のアスパラガスは白だ。作った我ながら美味しい。


「でもグラムはそれ以上にお仕事をたくさん抱えているみたい」

「そりゃ、奴は宰相だからな。それに国政はともかく、カウフマンのクソ野郎が王家の家政は親族のことと、外戚をいいことに好き勝手やったからな」


 勇者王アルハイトが亡くなって半年でかなりの王家の財を使いこんだのだという。密かに売り払った秘宝の宝石やら美術品やらを取りもどすのも、大変なのだとも。


「まあ、昨日から今日、奴が飯を食う間を惜しんで働いているのは、今夜は執務の残業が出来ないからだろう。

 以前から、のらりくらりとかわしちゃいたんだが、これもカウフマンの失脚で逆に他の貴族どもの機嫌をとらなきゃならなくなった」


 「おかげで俺も今夜は引っぱり出される」とげんなりした顔のマクシに「どういうこと?」とテティは訊ねる。それにマクシのほうが「知らなかったのか?」とちょっと意外そうな顔をする。


「今夜はお城で舞踏会って奴だよ。貴族どもが着飾ってな。目的はグラムファフナーと俺と令嬢達の集団見合いって奴だ」


 「まあ宰相様のほうが主賓だがな」と続けたマクシに、テティは顔をしかめた。お見合い、お見合いって。


「グラム結婚するの!?」


 「そんなのやだ!」とテティが言えば「俺もグラムファフナーもしねぇよ!」とマクシがすかさず返す。


「マクシはどうでもいいけど」

「あのなぁ、とにかく俺も奴も好きでもない貴族の娘なんて押しつけられたって迷惑なだけだ」

「じゃあ、どうしてお見合いの舞踏会なんて開くの?」

「だから貴族どものご機嫌とりだと言っただろう」


 宰相であるグラムファフナーと親衛隊長のマクシ。勇者の旅の仲間で、今や国の政の中核となった二人に、血族の娘と結婚させて親族となりたい貴族が多いのだと。

 二人にその気はないが、あまりに断り続けるのも角が立つと今回受けることにしたのだという。カウフマンの失脚で、さらに貴族達の身内の娘の売り込みの圧力がすごくなったことも大きいと。


「それでその舞踏会が今夜あるの?」


 テティはむうっとして、ぱふりともこもこのお手々で腕組みした。


 グラムファフナーは、『今夜は遅くなるから、先にお風呂を入って休んでいなさい』と昨夜のうちに言われた。あれはお仕事がとっても忙しいんだろうなあと思っていたけれど、テティに黙って舞踏会に出る予定だったらしい。


「宰相が黙っていたのはテティを仲間外れにしたわけじゃなくて、僕だって子供だから王として初めに顔だすだけで、すぐに退出する予定だし」


 ヘンリックがそうとりなす、それにマクシが「そうだ、そうだ」とうなずく。


「ヘンリック陛下の“仲間”になったお前に貴族どもは興味津々なんだよ。下手にお前をつついて、言っちゃいけないあの言葉を貴族の馬鹿どもが口にしかねないからな」

「言っちゃいけない言葉って?」

「そりゃ、ぬいぐ……」


 マクシがいいかけて「危ねぇ」とつぶやいたのは、テティは既に空中から、お星さまのロッドを取り出していたからだ。


「ともかく、お前がそれで貴族の誰かの頭をポコったら、舞踏会どころじゃなくなるだろう」

「そうしたらお見合いのお話だって流れると思うけど」

「そりゃ名案だな。テティ、お前ひと暴れして見合い話をぶっ潰せ……と俺が言うと思ったか?

 とにかく今回は貴族どもの顔を立てるのが肝心なんだ。夜会は穏便に終わらせなきゃならねぇ」

 「お前は部屋で大人しくしてろ」とマクシは言った。





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