第6話 大げさな恋人達とかわいい間男 その2




 グラムファフナーの部屋。ソファに腰掛けた彼のお膝の上、テティは向かい合わせに座っていた。


「まず、私にひと言話して欲しかったな」

「……ごめんなさい」


 グラムファフナーに黙っていたのは悪かったと思っている。犯人を捕まえてみんなを助けたい一心だったのに。

 だけど、あんな予想外のことが起こるなんて……と、しょぼんとしていると「私も悪かった」と言われてテティは「え?」と緑葉の瞳をぱちくりさせる。


「お前になにも言わなかったことだ。知らなくていいことだと思っていた。しかし、お前は殿下のようにまだ幼く守るべき子供ではない。

 私と対等の愛する者だ」

「うん。グラムが困っているなら何でも話して欲しい」


 もふもふのお手々をグラムの手にそえると、ぎゅっと握りしめられた。


「そうだな。テティの純粋な心を穢したくないと、すべてを隠そうとしたのは、私の我欲だ」


 そしてグラムファフナーは淡々と語った。

 近頃王都を騒がせている事件はテティも知っていた。その犯人が月の魔女と呼ばれて、自分が疑われているという噂も。

 その噂がひどくなって、グラムファフナーの屋敷の壁にはたびたび、落書が貼り付けられるようになったこと。


「もともと証拠もなにもない根も葉もない噂だが、誰かが作為的に流しているとしか思えん」

「誰かって誰?」

「それがわかったならば、この事件は一気に解決している」


 魂狩りを行っている者と噂を流しているものは同じだろうと、グラムファフナーは続ける。


「いくら魔術を使おうと、目撃情報がまったくないというのは奇妙な話だ。おそらく内通者がいる」


 グラムファフナーがテティが飛び出した夜にいたのは、その対策だったという。夜警の役人や赤狼騎士団の動きは筒抜けでも、まさか宰相自らがうごくとは思うまいと。


「あの娘が襲われたことは私も感じていたが、駆けつける前に、よく知る魔力が高速で近づいて離れたんだ。そちらを追うほうが先だった」

「……ごめんなさい」


 それでグラムファフナーは花売り娘の姿で逃げるテティを捕まえたのだ。

 二日間、部屋に戻らなかったのは。この処理に追われていたのだという。

 襲われた若い娼婦は、自分が目撃したテティこそが月の魔女だと信じこんでいた。いくら証拠がないとなだめようとも納得しない様子で、街に戻ったあとはその噂は急速に広まった。


 そして、その月の魔女を見失ったという、赤狼騎士団にも疑いの目は向けられた。

 わざと逃がしたのではないか? とだ。


「じゃあ、マクシが悪く言われているの?」


 テティがよけい落ち込んでうなだれるのに、グラムファフナーがそのもこもの頭を撫でる。


「噂というのは打ち消しようがない。どんなに証拠を積み上げて否定しようとも、それこそが後ろめたい証拠だと言いだす者はいるからな」


 「もともと根も葉もない噂の身の潔白を証明することほど、難しく空しい行為はない」とグラムファフナーは続ける。


「なら、どうすればいいの?」

「嵐が通り過ぎるのを待つように、静かにしているしかない。噂というのは永続きしない。人は飽きやすいものだ。目新しい噂があればすぐにそれに飛びつく」


 とはいえ、悪意あるものが噂をあおっている以上、その火を消すまいと、かならず次のものを投下することはわかっている。


 グラムファフナーとしても、手をこまねいていたわけではない。打てる手は打ち、出来るだけのことはしていた。


 身寄りのない娘達は施術院へと収容し、自宅で眠り続けている娘達には身分を問わず、王宮お抱えの施術師達を派遣した。

 眠ったままで食事も取らず衰えていくばかりのはずの娘達が、一人の死者もなく生きているのはこのおかげだった。


 たった一人死んでしまった娼婦に関しては、彼女はもともと心臓に持病があり、魂をぬかれた瞬間にその弱い心臓が耐えきれずに止まってしまったと、それが施術師の見立てだった。


 娘達の元に派遣した施術師達のすべてから、その身体から魂が抜けていると報告をあげていた。娘達の元に施術師達を派遣したのは、この調査もあったからだ。

 ただし、魔術の形跡は巧みに隠されており、そこから追うことは出来ないと。


 そうとう高位の魔術師であることは確実だった。

 そしてテティが遭遇した、魂だけの存在の魂狩り。


「ねぇ、グラムはまだ怒っている?」


 テティにそう声をかけられて、グラムが思索から浮上する。目の前にはもこもこクロクマの緑葉の瞳がじっと自分を見ている。


「そうだな。私が主に怒っていたのは、お前がかってに抜け出したことではない」

 むしろ自分の腕に飛びこんできた姿が問題だった。花の入ったお籠に、丈の短い赤いフード付きケープ、それに白いブラウスに赤いスカートに白いエプロン。それは大変愛らしかったが。

「花売り娘の姿だったな」

「うん、昼間、馬車の外から見たお花売りさんの姿を真似して作ってみたの」

「…………」


 相変わらずテティの針仕事は完璧だ。赤いケープには白いレースの縁取り、白いエプロンもひらひらと“昼間”誰もが見たならば『お花一本ください』と思わず声をかける花売り娘だっただろう。


 が。


「そうだな。昼間ならいい。昼間ならな。……しかし、夜、花を売るのはだな」

「うん、結局お花一本も売れなかったんだよね。


 お花全部買ってくれるって言ったおじさんいたけど、家においでっていうから、それだと魔女を見つけられないから断ったの。

 それから、なんか悪い顔した男二人に声掛けられて、どっかに連れて行かれそうになったから、足の間を蹴り上げてやって逃げたけど」


「それは、ただしい対処だな。そのような輩はつぶし……いや、まあ、それでいい。

 しかし、夜に花を売るということはだな」


 「うん」と緑葉の瞳でみあげる愛らしいクマさんのチャックにグラムが手をかけておろす。「きゃっ!」という声とともに、さらりと滝のように流れる月色の髪に、若木のように白いしなやかな身体。


「おしおきだな」


 「え~なんで!」とテティは声をあげる。グラムファフナーがそれを無視して、その身体を膝の上、うつ伏せに抱えなおす。


 テティは当然知らなかったのだろう。


 夜、花を売るということは、花だけではなく、自分の身体も買って下さいということを。


 知らなかったとはいえ、テティはグラムファフナーの唯一である。

 これはお仕置き決定だ。


 そして、今日のテティの気分を表すように、水色のかぼちゃパンツを半分ずらして、丸くて小さなお尻を露わにすると。


 パン! と一つたたいた。テティは「きゃあ!」と声をあげて膝のうえでジタバタ暴れるが、グラムファフナーはそれを押さえ付けて、さらに続けて二回、パンパンと良い音を立てる。


「お、おしり壊れた!」

「それは大変だ」


 涙目でにらみつけるテティにグラムファフナーがクスリと笑う。


「しかし、まだ“おしおき”が一つ残っているぞ」


 「え? まだ?」と己の膝の上から逃げ出そうとするテティを、グラムファフナーは捕まえ抱き起こして、そしてそのまろやかな頬を片手で包みこむように引き寄せて。


「仲直りのキスだ」

「ん……」


 これにはテティは素直に応じて、目を閉じたのだった。






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