第7話 テティ先生の良い子の魔法講座 その1
仲直りのキスを繰り返しながら、気がつけばテティはベッドにおろされていた。グラムファフナーが己の服に手をかける。彼が乗り上げるとベッドがギシ……とかすかな音を立てた。
明るい日の中、上着もシャツも脱ぎ捨てた、自分を見おろすの男の引き締まった上半身に頬を染める。
「グラム……まだ昼間だよ」
「夜ではなければしてはならないということはない」
「お、おしおきだから?」
「おしおきはもう終わりだ。私がお前を欲しい」
低い声が耳元でささやいて背にぞくりと震えが走る。耳を甘くかまれて「あ……」と声をあげた。テティもまた、男の尖った耳の先に軽くかみつく。
これも抱き合って覚えたことの一つ。
「悪い子だ」とささやかれて「僕を悪い子にしたのはグラムだよ」と返す。
「なら、責任はとらなければならないな」
「う……ん……」
唇を幾度も重ねて、シーツの海へと沈み込んだ。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
抱き合って、少し眠って、目が覚めると外は夜になっていた。
「そうだ!」
グラムファフナーの裸の胸から、顔をあげてテティが自分の
そこには白い髪の毛が一本絡みついていた。
「魂狩りのか?」
「うん。攻撃したときに魂だけだったから、消えて逃げちゃったけど、これだけは捕まえられた」
星のロッドは大賢者ダンダルフがテティのために作ったものだ。伸縮自在にして魔力を込めれば、岩をも砕くロッドだが、形のない幽体もとらえられる繊細さも持つ。
相手をなぐるとお星さまが飛び散る“演出”はとくに意味はないらしい。「そうしたほうが面白いだろう? ってダンダルフは言ってた」とテティは答えた。大の男がクマちゃんにぶん殴られて、お星さまがキラキラまたたき倒れる様は、おもしろいのだろうか? あの賢者なら腹を抱えて笑っていそうだが。
「魔の者を追いかけるなら、夜だな」
グラムファフナーがロッドの先に絡まる髪の毛を手にとる。彼の手の中でたちまちそれは、ふわりと白く輝く蝶となった。
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
暗い夜、ぼんやりと光りふわふわと舞う蝶を長身のエルフと、小さなクロクマが追いかける。王都の建物の高い屋根を軽やかな足取りで跳んでいく。たどりついたのは広い屋敷と門に刻まれた紋章からして、一目で貴族の屋敷とわかるものだ。
「意外な場所に出たな」
「どこ?」
黒髪をひるがえし降り立ったグラムファフナーの横、くるりと一回転してぽふりとテティも降り立った。両手をあげてぴんと背筋が伸びた姿勢で「じゃ~ん」と。
「ここはタンサン公爵邸だ」
「誰?」
テティはもこもこの腕を組んで「うーん」と考える。クッキーやケーキの作り方に針仕事。必要なことや大好きなことは忘れないが、どうでもいいことは本当に覚えないのがテティだ。ダンダルフだって「つまらないことは覚えているもんじゃないよ」と言っていたし。
「舞踏会で会っただろう? お前がカエルの鳴き声のイタズラをした相手だ」
「あ、あのおばあさん!」
テティはそれでようやく、金ぴかのドレスの貴婦人を思い出す。
ひらひらと舞う白い蝶に導かれるまま、二人は屋敷の高い塀を跳び越えた。名門公爵家の厳重な警備もエルフと不思議なクマさんの前には、紙も同然だ。
そして光る鱗粉をまき散らす蝶を追って、婦人の豪奢な
ぐるぐるりと螺旋を描く階段を降りてたどりついた地下室。
そこには壊れた鳥かごが転がり、割れた大きな姿見の前には、黒いローブをまとった人物が倒れていた。
その胸には割れた鏡の破片が突き刺さり、死んでいるのは明らかだ。
「この人って……」
「ああ、タンサン夫人だ」
テティの言葉にグラムファフナーがうなずく。
黒いローブのフードからは灰色がかった艶のない白い髪がはみ出していた。虚空を見つめる見開いた目。その顔は化粧がないとはいえ三十代半ばの容貌を保った面影はない。
まるでここ数日で五十年以上も歳をとったといわんばかりに、ローブからはみ出た指は干からびた小枝のようになっていた。
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